約 2,287,759 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6137.html
第六章 虹色に輝くオーパーツ。その光がやみ終える。 「変な気分だ」 「ええ、無理も無いでしょう」 部室を出て、二人は長門の住むマンションにと向かった。ここ数日分のの記憶が二つ存在している。むこうの世界の俺がそう判断したんだからしょうがない。こうなることが分かっていたら、俺はどうしていただろう。くだらないことしか思いつかない。同時刻にチェスと将棋で古泉を打ち負かしてやるってのはどうだ。 こっちの世界・・・正規の世界では俺は無様にも何もすることが出来なかった。長門が倒れている中で古泉や喜緑さんに頼りっぱなしだった。しかし向こうの世界では少しは貢献できただろう。しかも今回は長門と古泉が毎度のように奔走する中、あの朝比奈さんが許可なしでは禁止されている時間移動をしてみんなを助けに来た。そしてSOS団に対する俺の気持ちが分かったような気がする。そう考えると同じ記憶を持つってのも悪くない。 オートロックを開けてもらい、長門の部屋の前に着いた。玄関のドアを開けると、奥から話し声が聞こえる。どうやらいつも通りの会話が聞こえる。にぎやかな話し声だ。 部屋に行こうとすると向こうからハルヒがやってきた。 「ちょっと遅いわよ。それよりも早く・・・」 分かっている。それ以上は言わなくてもいいんだ。俺は体験して確認できているんだからな。 扉を開けると、寝ていたそいつはこう言った。おいおい逆じゃないか?お前は俺の妹みたいなことを言うな。 「・・・ただいま」 長門は体を半分起こしている。 「ちょっと有希、まだ無理しちゃダメよ。まだ治ってないでしょ」 ハルヒは言葉では心配しているが、心では安心しているのだろう。長門の顔をみる限り寝込んでいたのが嘘だったようにケロッとしている。それを見れば気づくのだろう。もう無事だと。古泉と朝比奈さんも良かったとつぶやいている。 長門が無事と分かればハルヒはあれやこれやと話し始める。 「本当に心配してたんだから」 とか、 「体調を崩し始めたらすぐあたしに言いなさい。団長命令よ」 とか。長門はそれをただ聞いている。ハルヒは早速作ったおかゆをたべさせようとする。普通の病人ならそう簡単に食えやしないだろうが。がっつきすぎだぞ、長門。 喜緑さんは長門の無事を確認できたからなのか、 「少し用事がありますのでお暇させていただきます。今晩の看病は引き続きお任せください」 と言って出て行った。情報統合思念体に報告でもするのだろう。 その後俺たちはしばらく長門の部屋にいた。何をしていたかと言うと、珍しくハルヒと長門が会話をしていた。とはいってもハルヒが長門に一方的に話しかけているだけで、数分おきに長門が 「・・・そう」 「・・・分かった」 とつぶやき、はたまた、 「・・・・・・・・・」 無言で会話をしているように見えた。心なしか長門は嬉しそうだった。古泉や朝比奈さん、喜緑さんは黙ってそれを見守っている。 俺はというと・・・これからやることを整理していた。まだまだやらなくちゃいけないことがある。だけど少しくらい先延ばしてもいいよな。今日くらい久しぶりのSOS団を満喫してもいいじゃないか。 「やばい、忘れてた」 「何言ってるの、キョン」 「ちょっとレンタルDVDを返し忘れてた。悪い、今日は先に帰る」 ハルヒのギャーギャーいう声が聞こえる中、部屋を出た。早くオーパーツを鶴屋さんに返さないとな。またどこかに忘れたりなどしたらまずい。玄関に行くと喜緑さんが立っていた。 「お薬をお持ちいたしました。特効薬です」 いかん。こいつも忘れてたな。そのフォロー助かります。 さっそく鶴屋家へと走る。ほんと走ってばっかりだな。 何度見ても荘厳といえる家だ。インターホンを鳴らす。鶴屋さんが門まで来てくれた。 「やあ、それはもう必要ないのかいっ」 「ええ、助かりました。ありがとうございます」 今回はこの人だけでなく、鶴屋家のご先祖様にまで助けられたな。 「じゃあこれはまたうちで保管させていただくよっ。それよりもキョンくん。答えは分かったのかなっ」 このお方は何かが起きたって分かっているんだな。 「まあキミの顔を見れば分かるっさっ。少年、大使を持つにょろよ~」 ええ。既に大使は身につけてきましたよ。 家に帰ると妹が玄関にやってきた。 「ただいまー」 おう、おかえり。今日は間違えずにすんだな。 夕飯を食べ、自分の部屋へいった。ベットに寝ころがりながら考える。明日やるべきことを・・・ 翌日、水曜日。 自分のクラスに入るとハルヒがすでに来ていたようだ。 「昨日は悪かったな」 「悪いも何も、あんたはもっと部員を心配しなさいよ」 「分かってるって」 どうも昨日俺が帰った事で不機嫌らしい。 「有希、今日は学校に来ているわ。熱も下がってすっかり治ったみたい」 「会って来たのか」 「そうよ。きっと喜緑さんの特効薬が効いたんだわ」 まあそれだけではないだろう。お前が昨日ずっと居座って長門と話をしてたんだからな。長門も安心したんだろう、自分の居場所を確認できて。 昼休み。弁当を即効で食い終え、部室へと行く。そろそろこの不摂生が何かの病気にならなければいいが。 「どうぞ」 「お待ちしておりましたよ」 部室には古泉と朝比奈さんががいた。珍しく長門がいない。 「あなたはどこまでご存知ですか」 「さあな、さっぱりだ」 「それでは僕が」 またこいつの仮説を聞かなくちゃいかんのか。できれば長門に聞きたかったんだが。いや、二人いた方が分かりやすいか。 「僕が二つの記憶を持ち合わせていること、またあなたや長門さん、朝比奈さんの話を思い出すと、先週の土曜夜に世界は分裂してしまいました」 ああ、そうだったな。 「我々の記憶上で残っている世界をα、結果として存在していた世界をβとします。長門さんや喜緑さんが分裂した事を気づけなかったのは、九曜と言う宇宙人の仕業でしょう。α、βの両世界において妨害していたようです」 結局、九曜というやつのもよく分からなかったな。 「ええ。いくつかの能力において、長門さんよりも上位にあるようです。ただし意思というものがないのでしょうね。今後なにをするのか予想がつかないのは脅威ですが、恐らく単独で行動することは無いと思います。涼宮さんの能力に興味を持っているのですが、どうしたらよいか分からないといった感じでないでしょうか」 現に長門は倒れてしまったんだ。脅威だろ。 「そうとも限りません。喜緑さんがいますでしょう。今回のことで喜緑さんはよりいっそう警戒しているようです。僕が直接聞きました。二人がそれぞれ補っている限り、攻撃してもその時は回避できるはずです。九曜さんが長門さんに直接攻撃してきたのはβの世界です」 「じゃあαの世界の敵は藤原ってやつなんだな」 「その通り。彼があなたを利用して涼宮さんから佐々木さんへ能力を移し変えようとしたようです。もっとも移し変えようとしたのではなく、涼宮さんの能力をもともとなくそうとしたのではないかと。朝比奈さんの未来とβ世界の長門さんを人質にとって」 そこで朝比奈さん、あなたのおかげで助かったんです。 「またいつかお願いしたいものですね」 古泉ちゃかすな。朝比奈さんが困っているだろ。そういや勝手に時間移動してよかったんですか? 「あのう、わたしどちらの世界でも未来と連絡を取れなくて。古泉くんの言うβっていう世界ではあきらめてたんです。でもαって世界ではダメもとでやってみたんです。そしたらできちゃって・・・今は、禁則なんですけど未来と連絡取れるんです。そしたら禁則ですけど・・・処分待ちだって・・・」 やっぱりいけないことだったのか。どうしたらいいんだ。すると部室のドアが開いた。長門がやってきた。 「心配する必要は無い」 その言い草は何だ。俺たちの会話はお前に筒抜けだったのか。それにしてもやけにおそかったな。どこいってたんだ? 「涼宮ハルヒの作成した弁当を共に摂取していた」 そこまでハルヒは面倒見ているのか。で、朝比奈さんはどうなるんだ?しばらく黙った後、長門はこう言った。 「大丈夫。いずれ分かる」 だからどう大丈夫なのか言ってくれよ。それとも言わなくてもすぐ分かるってことなのか?朝比奈さんが縮こまっているじゃないか。それでもその怪訝を気にする必要はないと言わんばかりに違う説明をした。 「世界を分裂させたのは涼宮ハルヒ。九曜と呼称される個体により、発見が遅れた。彼女は我々情報統合思念体と発祥が異なるため、攻撃方法も分析できなかった。また分裂の原因はあなたの友人である佐々木と呼称される人物。涼宮ハルヒは嫉妬と呼称される感情を持ち、佐々木と呼称される人物を消去した」 そういえばハルヒがやったんだよな。よりによって俺の友人に手を出すなんて。 「それは気になりますね。今後涼宮さんが同じようなことを起こすかもしれません。もちろん、あなたと涼宮さんが結ばれてしまえば気にかけることはないでしょうが」 だから古泉、その発言はよせよ。 しかし俺はハルヒがまた同じ事をするなんて思っていなかった。今朝ハルヒとした会話の続きを思い出す。 「長門が俺たちに寝込んでいることを言わなかったのは、長門なりに心配かけたくないってことだったんじゃないか。長門にも言いにくいことはあるだろうさ」 「まあ・・・それも分からなくもないわ」 「誰にだって言い難いことはある。そういうお前も俺たちに言えないでいることはあるんじゃないのか?」 そう言うと、しばらく窓の外を見てハルヒはこう返答した。 「そうかもね」 そして口ごもるようにこう続けた。 「・・・・・・あんたあたしに隠し事していない?例えば誰かと付き合っているとか。この前会った佐々木さんとか怪しいわね。例えばの話よ」 「お前、残念ながら俺がどれだけもてないのか分かるだろ。いる訳ない。佐々木と俺との間に恋愛感情などない。異性同士でも親友という関係が成り立つってのが俺の持論だ。仮に少しでも気になる異性がいたらだ。真っ先にお前に相談するよ」 同性の国木田とかに相談するより、異性のお前たちに聞いたほうが少しはためになるだろう。ましてナンパ成功率0.00・・・1%の谷口に相談するなんぞもっての外だ。 「それもそうね」 何か勝ち誇ったようにハルヒは俺に笑顔を見せている。 「そういうお前はどうなんだ。入学して一年たつんだ。彼氏を作る気はないのか」 「あんたには関係ないわよ」 「おいおい、お前は俺に隠し事するのかよ」 「・・・・・・あたしはそんなことよりSOS団のみんなと遊んでいる方が楽しいわ」 「それには俺も同意見だ」 はっきりと遊んでると言い切ったな。本来の活動内容はどこへいったんだ。 「ならハルヒ、悩み事があるなら俺たちに相談しろよ。もっともいえる範囲での内容でいい。俺だったら何でも言うさ。まして恋愛ごとに関していったら、SOS団には女性が三人もいるんだから。悔しいがこの学校ではトップクラスで異性にモテている古泉もいるんだ。俺たちに隠し事などない方がいいだろ」 「当たり前よ。SOS団に隠し事なんて不必要だわ」 もっとも、隠しておかなければならないことは隠し通すべきだ。いきなりあの三人が本性を語り始めたりすることはないだろう。それ以外のことだったら何でもいい。幸か不幸か、SOS団のみんなは一年間毎日同じ時間を過ごしてそんな間柄になっているに違いない。担任の岡部が教室に入ってきたところで、会話はそこで終了した。 回想終了。俺は確かめるべく、まず古泉に聞いた。 「そういうお前はどうなんだ。新学期になって早速下駄箱にラブレターなんてもの入ってたりしないのか?」 「いきなりどうしたんですか?・・・新一年生から何通かそのようなものを受け取りましたよ。でも今の僕にはそんなことをしている時間はないんです」 うまく紛らわそうとする古泉に、拍車をかけるように質問を続ける。 「じゃあ逆に気になる子とかいないのか?告白を断り続けているのも、既に意中の人がいるとかはないのか」 「・・・・・・そうですね、僕は機関の仕事で忙しいのでそのようなことを気にする時間はないんですよ。もっともプライベートの時間はこの部室や週末の野外活動で、あなたたちと過ごすことで満足してしまっているようです」 古泉はシロか。そう思いながら今度は女性に目を向ける。 「朝比奈さんはどうですか?あなたもたくさん告白を受けているのでしょう。この時代で恋愛してはいけないんでしたっけ?でも一つ禁則事項を破っているんですからもう一つくらいかまわないでしょう」 「いきなりなんてこというんですかぁ~。あっキョンくん、その顔はだまそうとしたんですね。いじわるです。好きな人がいるかどうかは・・・、禁則事項です」 やはりこの人は分かりやすい。残念そうな顔をしている朝比奈さんを見れば、そのようなことはないだろう。 「長門、お前はどうなんだ」 目を見開いてこちらを見ているように見える。なんてことを聞くんだって顔か? 「・・・・・・ヒ・ミ・ツ」 そりゃないだろう。少しくらいお前のプライベートを聞きたいもんだ。お前も中河以外から告白を受けたりしなかったのか? 「・・・・・・そのようなものを受けた場合、今の私だけで判断することは出来ない。情報統合思念体の見解が必要。またあなたたちにも見解を求める可能性もある」 ようするに親や俺たちに相談するって事か。 「お前たちのことは分かったよ。ハルヒにも今朝同じ事を聞いた。釘刺しておいたよ。あいつは俺に遠慮していたみたいだな。嫉妬かどうか分からないが、俺なんかを心配していたんだろう。これからはお互い隠し事はなしだって約束したさ」 俺はそのとき一つ見過ごしていた。さっきの俺の発言に対して反撃してくる可能性があるということを。よりによって古泉ではなく、朝比奈さんが反撃してきた。 「それで、キョンくんはなんて告白したんですかぁ?それとも涼宮さんに告白されたのかな。教えてくださぁ~い」 どう答えていいか考えているうちに、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。助かった、と思いきや三人が近づいてくる。くそっ、教室までダッシュだ。 「おや、逃げ足だけは速いんですね」 そう言う古泉を後ろにして、何とか教室へと戻ってこれた。 放課後、部室へと向かった。既に一人部室にいた。二日ぶりに、休みを入れると三日ぶりに五人揃って部室で活動できるんだな。長門が椅子に座り本を読んでいた。そういえばこいつに聞きたいことがまだあったな。 「そういや、俺が電話をかけただのかけてないだのってこと分かった気がするぜ」 「そう」 俺は確かに一方の世界では長門に電話をし、もう一方の世界ではしなかった。こいつの言ってたことと同じだな。しかし何だってそんなことになったと思っていると、それを見かねたのか、長門が説明してくれた。 「あの時間、あなたからの電話の電波情報が別の世界の私に発せられた。その原因も恐らく九曜と推定される」 「だから俺はお前が倒れていることに気づけなかったんだな。ひょっとして九曜は、言いにくいんだが、お前より強かったりするのか?」 「・・・情報統合思念体は未だ解析できていない。しかし今回のことからその可能性は否定できない。もしくは我々と九曜が持つ能力が別々に存在している可能性もある。お互い意思伝達が出来ないのもそれが原因とも思える」 後者の方がいいんだがな。また襲ってくるなんてこともあるだろ。 「私がさせない」 「私たちが、だろ。お前も今回のことで分かっただろ。一人で解決できなくともみんなの力で解決できることがあるって。少しは俺たちのことも信用しろよな。古泉の機関や朝比奈さんの未来勢力にとっかかりはあるかもしれないが、お前個人が危ないって分かったらみんな助けに来ただろ。古泉や朝比奈さん、それにハルヒのことも信頼してくれよ」 長門は沈黙の後、何かを確信したかのように言った。 「・・・・・・分かった」 残りの三人がやってきていつものように放課後を過ごした。いや、いつも通りではなかったな。俺と古泉がボードゲームをし、ハルヒはパソコンをいじり、長門が窓辺で本を読み、朝比奈さんがそれらを見守るようにお茶を汲んだりしていた訳ではなかった。古泉が持ってきた人生ゲームを五人みんなでやっていた。しかしまたしても奇妙なことが起きた。それぞれの職業が、ハルヒは総理大臣、古泉はマジック芸人、長門はNASA、朝比奈さんはタイムマシーン製造業なんてのにつきやがった。こんなゲームどこで作ったんだ。かくいう俺は、言わずとも分かるだろ、雑務係の万年平社員だった。 ゲームをしながらハルヒは不満げに呟いていた。 「なんで入団希望者が来ないのかしら。今年の一年はみんな腰抜けばかりね。もっと歯ごたえのあるのが来ると思ってたのに」 「まあまあそうあせるなって。そう簡単にお前の目にかなうやつは見つからないだろ」 「やっぱり去年のうちに目ぼしいのを探しておくべきだったわ」 下校の時間になり、五人は早々と部室を出た。 「あのゲームはなんだ、お前らの機関が作ったものか?」 「いえ、新発売の人生ゲームですよ。あの手この手やりつくして、奇抜な内容になってしまったようですね。まさかあんな結果になるとは思っていませんでしたよ」 古泉と下らん会話をしながら前を見ると、長門はハルヒと朝比奈さんに挟まれながら歩いていた。ハルヒと朝比奈さんだけ会話をしているように思えたが、時折、 「・・・・・・そう」 「・・・・・・うかつ」 という長門の声が聞こえた。よかったな、長門。 五人が解散した後、俺は一人喫茶店に来ていた。数分後、もう一人やってきた。 「待たせたね。宿題を先に済ませておこうと思ってね」 向こうの世界で顔をあわせた後、一度もあっていない佐々木が来た。昨日のうちに待ち合わせをしておいたのだ。 「キョン、すまなかった。先に謝らせてくれないか」 「謝るのはこっちだ。お前は散々な目に会っただけだ」 「一時の迷いがあったとはいえ、本当に悪かった。橘さんたちとはもう会わないことにするよ。少なくとも僕から会うことはない」 佐々木が席に着くなり、二人とも頭を上げ下げしていた。こうしてはおれん。コーヒーを注文してひとまず落ち着くことにした。 「ハルヒがあんなことをしないように確認しておいたから。安心して大丈夫だ。あいつに謝らせることはできなかったから、俺の方から謝るよ。本当にすまなかった。今後、九曜や藤原がお前襲ってきてもSOS団で助ける。だから心配するな」 「そうしてもらえると助かるよ、ありがとう。それにしても藤原さんがあんなことをするとは君も思わなかったんじゃないかな。さぞかし意表をつかれただろう。今回の作戦を提案したのは橘さんさ。彼女もなかなか策士だね」 やけに絡んでこないと思ったら、考えたのは橘だって訳か。確かに彼女の能力は佐々木の閉鎖空間に入ることだから、襲ってくるとは思わなかったが。 「僕が思うに、九曜さんは能力を移し変えることなんてできないんじゃないかな。もしくはやりたくないとか。彼女は最後まで理解できなかったよ。だから橘さんは藤原くんにお願いしたと言うわけだ。彼が未来人なら世界が分裂したことなどあらかじめ知っていてもおかしくはないだろうし」 確かに何も知らない向こうの世界で、いきなり藤原が襲ってきたときはビックリした。あの七夕に連れ去られるとは。かろうじて長門が反応して一緒に来れたことが救いだった。あそこに一人連れ去られていたら、朝比奈さんがくる前に精神が参っていただろう。 「一つだけ謎を推理したんだが聞いてくれないか」 「おや、めずらしいね。君の論説も久しぶりに聞いてみたいよ」 「佐々木、お前にも閉鎖空間があるって言っていたが、それは橘の嘘なんじゃないか?日曜お前の閉鎖空間に入ったんだが、十秒くらいで出てこれただろ。ハルヒのそれに入った経験からすると、閉鎖空間の時間は実際の時間と共に進行するか、それか時間はたたずに出てこれるんじゃないかって思って。あの時のは九曜に魅せられた幻なんじゃないか。だからお前にはハルヒの持つような力は存在しないと思う。でないと藤原のやつがした行動も矛盾することになる」 「なるほど、そうだとありがたい。君の推理も一理ある。何しろ僕がそのような力を持っていたくはないんだ。平穏な生活を望むよ」 「俺だってそうさ。それにハルヒはお前を消そうとだけしてたとは思えない。向こうの世界にだけ、SOS団にお前を含め入団希望者がやってきただろ。いくら藤原の時間移動で来れたとしても、それだけじゃハルヒによって拒まれるんじゃないか。お前を消そうとしたことに罪悪感を持ったんじゃないかって。だからお前は向こうの世界に異世界人としてくることができた。どうだ?」 「くっくっ、涼宮さんにおける君の信頼は厚いね。うらやましいよ。まあ君がそういってくれるだけでも僕は安心することができる」 ああ、そうに違いない。ハルヒが一時の迷いで人を消してしまおうなんざするはずがない。 「何はともあれ、今後ともあいつの行動には気をつけるよ。この前話してた同窓会の件だが、俺と佐々木で決めちまわないか。二人をお互い窓口にして。会うことはハルヒにも言っておくさ」 「そうしてくれると助かる。早く決めてしまいたいしね。何より息抜きになりそうだ。相変わらず僕の学校はみんな勉学に気を張り詰めてばかりだからね」 その後、俺は佐々木の話に耳を傾けつつ相槌をつくように会話した。久しぶりだなこの感覚。 「では同窓会の件は僕からみんなに連絡しておく。展開があったらこちらから連絡するよ。君の学校の人たちにも伝えておいてくれないか」 「ああ分かった。じゃあばた今度な」 二人は喫茶店をでて別れようとしている時だった。俺たちの背後にいやな気配がする。授業中にも感じる、あの刺々しい気配だ。 「あらキョン、こんなところで何してるの?」 なんだってんだ。この状況をこいつに見られたら、振り出しに戻ってしまうじゃないか。どうする俺。最悪だ。修羅場だ。女の修羅場が始まるぞ・・・こんな時に発せられる男の第一声ってのはなんとも情けなく聞こえるのだろう。 「あのな・・・お前なんか誤解していること言っただろ。この前佐々木と俺たちが会った時、お前つれない態度だったじゃないか。だから佐々木も気にしているみたいでな。だから今しがた、その誤解を解いてこいつにも理由を話していたわけだ。はははっ・・・」 ああ、俺の人生はここで終焉を迎えようとしている。せっかくあの場から戻ってこれたって言うのに。しかしその時、神の声が降り注いだ。 「なんだってキョン、君ってやつは。今日のことを説明してなかったのかい?涼宮さん、これを機に新たな誤解を生む必要はないよ。先日あなたに対してあまり良くない印象を与えてしまったみたいで気になっていたんだ。せっかくの出会いも第一印象が悪かったら人生を損すると思える。僕はあなたに対してそのような印象を持っていないんだ。しかもこれがいい出会いになることを望んでいる。それに彼と会うことは、中学の同窓会のことで話そうと僕から提案したことなんだ。どうか、気にかけないで頂きたい」 佐々木よ、お前に力がないなんて言って悪かった。お前は神だ。 「ふうん・・・・・・そう・・・・・・。ならいいけど」 「そうなんだよ。ハルヒ。じゃ、じゃあまた明日な」 ここ一週間で最も早く俺の脚が動いたのが、まさかこの時だなんて。情けないったらありゃしない。一刻も早くあの場を立ち去りたかったからだ。しかし、俺が逃げるようにその場を立ち去った後、二人が何か話していることに気づくべきだった。 そんなこんなで家に着き、夕飯を食った後、また外へ出た。 「どこに行くのー?お散歩?それとも彼女?」 「そんなんじゃありません。ちょっとコンビニにな」 「えー、いいなあ。キョンくんおみやげ買ってきてねー」 今日はやることが多いな。しかしそれを見逃すわけにも行かなかった。今朝下駄箱に手紙が入っていたからだ。 『今日の夜九時、いつもの公園で待っています 朝比奈みくる』 そうだ、今回の事件で何も絡んでこなかった、しかも小さい朝比奈さんに対しても何も連絡しなかったのであろう、もっと未来にいる朝比奈さんの呼び出しがあったのだ。 公園に着くと、朝比奈みくる(大)がベンチに座って待っていた。 「急に呼び出したりしてごめんなさい」 いや、いいんです。俺も聞きたいことが山ほどあるんです。あなたがどこまで話してくれるかどうかは分かりませんが。まず一番聞きたいことはこれだ。 「今回のことも規定事項だったんですか?」 そう尋ねると、言葉が詰まっているように見える。目に涙も浮かべているようだ。 「いえ・・・今回のことは私たちもあなたに委ねようとしていました。あの時、あなたがどの未来を選択しても納得するようにしました。それまでは干渉しないように決めていたのです。あなたにとって酷な選択でした。でもあなたのおかげで今、私や長門さんがこうして生きていられるのです。そしてこれだけは分かって欲しいです。そうすることしかできなかったの・・・」 酷だ、酷過ぎたさ。でもあなたはヒントをくれた。 「では今俺たちと時間を共にしている朝比奈さんについてはどうなんです?それにあのオーパーツはあなたのヒントだったのでしょう?」 「・・・禁則に関わってしまいますが、あの時の私に判断させることしかできなかったの。おかげで今私がいる未来では飛躍的に変わったことがあるの。時間平面移動について・・・それまでは許可なしにすることは禁止されていたけど、身の危険が迫った時はやむを得ず移動してもいいと決められました。他にも色んな制約はありますが、おかげで緩和されるきっかけになったの。あのオーパーツに関しては今回の事項においてどんな形であれあなたが思いだすことが必要でした。あの後すぐに発見するとは思いませんでしたが・・・」 朝比奈さんがあの場で時間移動したことが、この朝比奈さん(大)にとっての規定事項だったのだろう。ともすれば、これがきっかけで朝比奈さんの地位が上がるってことになるんだな。早く伝えてあげないと。・・・これも恐らく禁則事項なんでしょうね。そう言って彼女を見ると、頷いている。 「それで、藤原というあの未来人のことなんですが・・・」 「それ以上は禁則事項なのです。・・・ごめんなさい」 そう言って彼女は立ち上がり、 「そろそろ時間なの。でも最後にこれだけ言わせて。キョンくん、あなたのおかげでみんな助かることができたの。本当に感謝しています」 そして草薮の方へ消えていった。 俺の頭に二つの懸念がよぎる。恐らくあの藤原と言うやつは朝比奈さんのおかげで自由に時間移動することができたのだろう。それができなければ朝比奈さん(大)たちの手によって囚われの身になってしまう。そしてオーパーツ。あれは朝比奈さん(大)たちが作り出したものなのであろう。宇宙人が作ったとも考えられるが、長門や九曜を見る限り、わざわざ三百年前の人に渡して、それをこの時代まで見つからないようにするなんて手の込んだ事しないだろう。未来人が置き忘れたか、この時のために埋めさせたと考える方が納得いく。ともすると、朝比奈さん(大)のいる時代は四年前の時間振動など消滅しているのだろう。あなたのいる未来はすでにハルヒの力がなんなのか分かっているのですか? →「涼宮ハルヒのビックリ」エピローグ あとがきへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4973.html
※ 涼宮ハルヒの鬱憤のアナザーストーリーです 季節はもう秋。 空模様は冬支度を始めるように首を垂れ、 風はキンモクセイの香りと共に鼻をそっとくすぐる。 彼は人との出会いが自分の心の内を乱し、 少しずつ緩んできている事に時の流れを感じている。 夏休みから学園祭まで一気に進んでいた時計の針は 息切れをしたかのように歩を緩めていたが、 周りが熱を冷ましていくのとは相反するように 彼の日常は慌ただしく、動き出していく―――― 夢をつんざく音が聞こえる… 渇いた喉にイライラしながら鬱陶しい音に手を伸ばす。 無意識に一つ溜息が漏れた。 朝も寝起きから閉鎖空間か… ここの所、涼宮ハルヒの精神は安定していたが。 それは最近、暇と鬱憤を紛らわせてくれるイベント続きだったからか? 僕は安穏とした日々が続く事に満足し過ぎているのかもしれない。 何にせよ、発生してしまったものは仕方がない… 発生場所に到着するとスーツ姿の森園生が腕組みをしながら立っていた。 「森さん、今の状況は?」 森の鋭い目線が突き刺さる。 「古泉、遅い…連絡は行ってたでしょう? 朝だからと言って寝惚けている暇があったら もっと迅速に行動出来るよう心掛けなさい」 手厳しい、と言うか怖い。 いつも閉鎖空間に飛び込み神人と相対する度に感じる。 これは涼宮ハルヒの純粋な想いから溢れてくる水のようなもの。 綺麗だけど、切なくて、苦しくて、柔らかくて、暴力的で… これは本当に僕らが力ずくでも抑えるべき代物なのだろうか? 誰にだってある感情、僕自身にもある。 日常はつまらない、下らないと思い、溜息を漏らしては 幸せをまた一つどこかへ落としてくる事が…。 僕らは本当に世界の安定に一役買っているのだろうか、と。 「ご苦労様」 森は笑顔で皆を出迎えた。 「今日のはそれほど大事にならずに済みました。 以前の報告通り涼宮ハルヒは最近、彼の成績等、色々と思う所があるようですから 機関としても何らかの対策を打たないといけないかもしれませんね」 森は首を傾げた。 「そうね。私にも経験あるけれど女の子にはそういう時がままあるものよ」 女の子って歳じゃ… その時の頭の中を見透かしたような森の視線に一旦、思考を停止させた。 「何の大事件も起こらずに安定していてくれないものかしら…」 腕時計を見ると10時を回っている。 「また遅刻か…今日、学校サボろうかな?」 ふと漏れた愚痴にもならないような言葉に森が噛み付いてきた。 「古泉、またあなたは機関の仕事にかこつけてすぐにサボろうとする! もうちょっと機関の人間としての自覚を持ちなさい。 あなたは機関の人間の中では涼宮ハルヒに最も近しい人間。 彼女を監視し、彼女により安定した日常を過ごしてもらうのに 機関にとってあなたの存在が重要な鍵である事は重々、承知しているでしょう? それに機関はあなたに学業まで疎かにしろとは言っていない。 新川に車を用意させたから、時間のある時はちゃんと学校に行きなさい」 また森さんに説教された… 車は朝の街の喧噪の中を学校へ向かって滑り出した。 僕がサボらず学校に行くように森さんの監視付きで。 1年半この学校に通ってきたがSOS団の部室以外では この時間限定で、この人のいない学校までの坂道は結構、気に入っている。 「古泉、今日は夜の9時から定例会議がありますから 涼宮ハルヒの監視後にちゃんとサボらないように顔出しなさいよ」 はい、了解です。僕の作り笑顔はこの人に鍛えられたといっても過言ではない。 キンモクセイの香りが鼻をくすぐる坂道は秋になり涼しく寝そべっている。 昼休み、SOS団の部室に足を運ぶと部屋の中から 廊下まで響く涼宮ハルヒの上機嫌な声が聞こえてきた。 どうやら朝までの不安定な精神は落ち着きを取り戻したようだ。 「ふっふっふっ…ハロウィンよ!!小さい頃、読んだ絵本には 魔人、ドラキュラ、フランケンシュタイン、魔女、黒猫、コウモリ、ゾンビ、 黒魔術なんかが出てきて、事件と謎の匂いがプンプンする話だったわ。 という訳で今週はハロウィン調査を開始するの。 ハロウィンってまずはコスプレから始まるのよね。 だからまずは全員どんなコスプレにするかパソコンで調べないと!!」 なるほど、また新しい『遊び場』を見つけた訳ですか。 そっと部室に入ると何やら話し込んでいるようだった。 「へぇ~、ハロウィンではお菓子を配るのね。 ついでに秋の味覚も集めちゃおうかしら?」 長門有希も珍しく強い興味を示したようですね。 僕も秋の味覚には興味あります。 「ハロウィンパーティーですか、面白いアイデアですね」 彼に話し掛けると驚いたような顔をこちらに向けてきた。 まるでくり抜かれたハロウィンのカボチャのような顔ですよ? 「じゃあ、決定ね。古泉君、みくるちゃんと?あとせっかくのパーティーだから 鶴屋さんにも伝えといてくれる?受験勉強の邪魔でなければって」 思い付いたら即行動、涼宮ハルヒの精神にここまでのエネルギーが 満ち溢れていれば、余程の事が無い限りは大丈夫でしょう。 「わかりました」 「じゃあ行くわよ、キョン」 ケルト民族のハロウィン祭ではひとつの大きな篝(かがり)火から 村の家々に火を分け合う事でお互いを 共通の絆を持つ一つに繋がった輪としている。 SOS団にとってその絆は涼宮ハルヒという 大きな篝火を中心にして出来たものだろう。 時々、全てを燃やし尽くすように暴れるその大きな篝火を鎮める為、 彼は水になりたいと願っている。 ただ、今の彼に出来るのは彼女に向かって欺瞞の笑顔を差し出す事だけ。 いつか素直な気持ちで友として笑い合いたいと願っている―――― 涼宮ハルヒが形式的な連絡網と称して交換した為、 一応、SOS団に関わる面々の連絡先は入手している。 メールは時々、素の人間性が引き出される事があって苦手です…。 まずは森さんに報告ですね。 あと、涼宮ハルヒの為と称して機関に秋の味覚も要求しちゃいましょう。 To:森園生 タイトル:報告 本文:お疲れ様です。古泉一樹です。 涼宮ハルヒの急遽の発案により、 ハロウィンパーティーを開催する事になりました。 彼女の精神は朝とは違い、非常に安定したものと見受けられます。 彼女はお菓子や秋の味覚なども所望している様子です。 機関でも多少、用意して頂けると幸いです。 ふぅ~…機関や森さんへの報告はお決まりの文章で楽なのですが、 次は朝比奈みくるへのメールか…文面が難しいですね…。 朝比奈みくるは僕を含め、機関に対して強い不信感を持ってますからね。 あまり強い刺激を与える事で警戒心を抱かせ、今後の活動に 悪影響を及ぼしたくはありませんね。 文面を少し明るめにしておいた方が宜しいのでしょうか? To:朝比奈みくる タイトル:無題 本文:どうも!!古泉一樹ですアヒャヒャヘ(゚∀゚*)ノヽ(*゚∀゚)ノアヒャヒャ 涼宮さんの発案により今週のSOS団の活動はハロウィン調査を行うそうです。 お菓子と秋の味覚を集めたハロウィンコスプレパーティーも開くそうなので 時間の都合が付くようならば鶴屋さんもお誘い下さいとの事です(m。_。)m では、宜しくお願いしますo( ▽▽ )oキャハハ 頑張って絵文字を使ってみたのですが、 皆さんが僕に対して抱いているイメージより 多少、メールのテンションが高過ぎたでしょうか…? 送信ボタンを押してから少し後悔しています。 おや?もう森さんから返信がありましたね。 From:森園生 タイトル:Re 報告 本文:ハロウィンの件に関しては了解致しました。 速やかに上に掛け合い、準備に入ります。 恐らく何の問題も無く、通過すると思われます。 ただあくまで涼宮ハルヒの監視と精神の安定の為という目的を忘れずに。 あなたは時々、遊び心が過ぎますからね。 色々とバレているのでしょうか?怖いですね…。 そうだ。絵文字の使い方に関して森さんに絵文字を使ってみて 使用法などに問題が無いか、確かめてみる必要がありますね。 森さんからなら的確なアドバイスが得られそうな気がします。 To:森園生 タイトル:Re Re 報告 本文:了解ですO(≧▽≦)O ワーイ♪ お手数お掛け致します!!アリガタビーム!!(ノ・_・)‥‥…━━━━━☆ピーー 機関からの支援の事をハロウィンパーティーの発案者でもある 彼ら2人にも伝えておきますか… そういえば携帯電話に入っている彼のメモリーを見るといつも思うのですが、 彼の本名ってなんでしたっけ?キョンとばかり呼ばれているので ついつい忘れてしまいますね。 涼宮さんと仲良くやっていてくれると良いのですが。 To:Kyon タイトル:無題 本文:今朝まで発生していた閉鎖空間も消えてくれて、 機関も僕もあなたにはいつも感謝しきりです。 お礼といっては何ですが、僕と機関から 今回のハロウィンパーティーに幾分かの差し入れを出します。 涼宮さんの事はあなたにお任せします。 では、頑張って下さいねp|  ̄∀ ̄ |q ファイトッ!! お?森さんは仕事だけでなく、いつもメールを返すのも早いですね。 さすが機関の中枢を担うお方だ。 From:森園生 タイトル:Re Re Re 報告 本文:もう一度言いますが、ちゃんと気を引き締めなさい。 あと、あなたが絵文字を使うのは気持ちが悪いから止めなさい。 森さん…的確なアドバイス、ありがとうございます………。 秋の空というものはどうにもうつろいやすいもので それを人の心に例えたりもしますが、 雨には気持ちもしょげるもの。 夕方になり降り出した雨は雨脚を強め、 街をオレンジ色から灰色に変えていく。 朝比奈みくると鶴屋さんが持ってきたスモークチーズの香り漂う SOS団の部室では3人が三者三様の時間を過ごしています。 朝比奈みくるは妙な沈黙に耐えられなかったのであろう… お茶を2人に差し出しながら話し掛けてきました。 彼らがいない時にこうやって会話を交わすのは慣れないものです。 「涼宮さんとキョンくんのいない部室って静かですね。」 「そうですね。こういう部室も嫌いではありませんが、やはり物足りないですね。 ところで鶴屋さんはどこへ?」 「チーズに合う飲み物が必要とかでどこかへ行ってしまいました。」 「それは危険な香りがしますね。」 その時、大きな足音が聞こえたと思うと勢いを付けて扉が開きました。 「お待った~!!」 鶴屋さんでしたか。 「おっや~、あの2人はまっだ帰ってきてないっかな~?? ま~たどっかでイチャついてんのかね~?」 「鶴屋さん、それ…」 「あぁ、ワインっさ!」 「だ、大丈夫なんですか~?受験前に。」 「めがっさ美味しいにょろ!まっ息抜き♪息抜き♪まずは軽く一杯。」 息抜きの範疇を超えてますね。? 「遅いですね~涼宮さんとキョンくん…」 と、音も立てずに静かに扉が開くと雨でずぶ濡れの彼が1人で立っていました。 非常に嫌な予感がしますね。 「あれ?涼宮さんは?」 「分からん…」 「私は付き合いだけで無理して皆とここにいる訳じゃありません!!」 朝比奈みくるが珍しく、怒りを露にしている。 「ごめんなさい…」 「なんでキョンくん、そんな事言ったんですか!? いい加減、涼宮さんの気持ちに気付いてあげて下さい!! 涼宮さんは私達の為というよりもキョンくんの為に きっとこのハロウィンパーティーをやろうって言ったんですよ!」 涼宮ハルヒはここ最近、部室で色々と計画を練っていたが… ハロウィンパーティーにはやはりそのような意味があったのですね。 「涼宮さん、キョンくんが最近、成績の事とかで悩んでるってずっと気にしてたんです。 だから涼宮さん、部室にいる時に一人でキョンくんの為に解説用のノートや 一緒に期末テストの勉強する為のスケジュール作ったりして、 来週からはスパルタで行くから今週くらいはキョンくんと 何か息抜き出来る事して気持ちを晴らして羽を伸ばしておこうって言ってたんです!」 「あ~ぁ、今回はやっちゃったね~!キョンくん。」 今の鶴屋さんの意見には実に同感です。 事の顛末を簡潔に申し上げますと、 涼宮ハルヒは彼が最近、学業の成績などで悩んでいる事に危惧し、 期末テストで彼の手助けをしようとしていました。 その前に溜まっている彼のストレスをパーッとガス抜きさせる為に SOS団でハロウィンパーティーの企画を立ち上げたのだが、 その事に対し彼は涼宮ハルヒに受験生の朝比奈みくるや鶴屋さんまで こんな下らない事に巻き込んで計画性が無さ過ぎる、自分は帰って勉強がしたい と、涼宮さんに責め立て街中でそのまま喧嘩別れしてきたという… 最近は彼とも打ち解けてきて僕も彼との友人関係を継続したいと 願ってはいますが、今だけは彼の事を『この男』と呼ばせて頂きたい。 この男は時々、とても無神経になるのが癇に障る。 涼宮ハルヒの想いに気が付いていない訳がないとは思うのだが… 涼宮ハルヒを監視し、安定に導く為の鍵としてこの男の存在は欠かせない。 それがここまで鈍感だとさすがにイライラしてくる。 機関で拘束して拷問にでも掛けてやろうかという気さえしてくる。 あぁ~…やはり案の定、機関からの連絡が入ってきた。 「ふぅ~…すみません、どうやら急なバイトが入ってしまったようです。」 この男を睨みつけて恨み節を放った所で何も解決しないのは百も承知なのだが…。 「まぁ正確には涼宮さんらしく、団長の責務として団員の世話まで しっかりやらないといけないから大変だ、とおっしゃってましたが。 あなたの悩みは彼女の悩みでもあるんですよ。」 しれっとまるで分からないという顔をしているのが非常に癪だ…。 さすがに鼻につきますよ、その態度には。 「まだ分からないんですか?彼女からすれば何故、自分に相談してくれないのか? 悩みがあるなら共有してくれないのか?とね。 あなたに涼宮さんをお任せしたのは失敗でしたかね…では、失礼。」 少しばかり感情的になり過ぎたようだ…。 ただこの男に一言でも言わないと気が済まなかったのも事実。 しかし、一日で2回目ともなるとさすがにうんざりだ…。 森さんに一度、連絡を取っておこう。 「もしもし、古泉です」 森さんの携帯からノイズ混じりの声が聞こえる。 「緊急事態なので私が車を回します。話はそこで伺います」 と言われ、一方的に電話は切られた。 坂道を下ると猛スピードで黒塗りの車が目の前に滑り込んできた。 「乗りなさい、古泉」 助手席に乗り込み、事情を説明していると 森さんの表情は見る見る険しくなっていった。 隣にいる僕でさえ、緊張してしまう程だ。 「…という事だそうです」 その話を聞いた森さんは両拳をハンドルに一度、思いっきり叩き付けた。 「あんの鈍感男!!何、考えてんのよ!?」 …も、森さん? 「あれは本当に女心の欠片も理解していないわね!! それとも知っててわざとそんな真似してんの!? ただの度胸が無いヘタレ!?それともゲイか何か!? 少なくとも男の風上にも置けない奴だわ!!」 さすがの僕でもここまで怒り狂っている森さんは見た事がありません… 「大体、何よ!?のらりくらり逃げてばかりで、 涼宮ハルヒにキスするなり、押し倒すなり、さっさとヤっちゃえば良いのよ!!」 いや、さすがにそれは… 「か、彼にも彼の想いというものがありますから。そこまで強制させる訳には…」 森さんの勢いに気圧されて僕が逆になだめる立場になってしまった… 「分かってるわよ、そんな事!!でも、それならそれで真摯な応え方というものが あるでしょうが!?一言、言ってやんないと気が済まないわ!!」 そういえば、ちょっと前に森さん、男と別れたとかで 酒に溺れて愚痴をこぼしながら暴れ回ってたな…女は怖い…。 現場に付くと落雷と豪雨が入り混じった暗闇のような閉鎖空間が ぽっかり口を開けていた。 「これは非常に危険な状態ですね。このような閉鎖空間は初めてです」 冷静さを取り戻した森さんが話し始めた。 「どうやらこれまでのものとは形も歪で性質も全く異なるもののようね。 今、機関の人間を総員配置して解決に当たっています」 「世界が呑み込まれてしまう危険性もありますね。とにかく空間内に入ってみます」 閉鎖空間の入り口に手を伸ばした瞬間、雷に打たれたような衝撃が走り、 弾き飛ばされてしまった…空間内に侵入出来ない…?何故? その時、空間内より機関の仲間である能力者達が投げ出されてきた。 「皆さん、どうなさったのです!?」 能力者達は怪我を負っている。機関の能力者の中でリーダー格の男が語り始めた。 「分からん…閉鎖空間より追い出されてしまった。 空間内に涼宮ハルヒが存在している感覚は掴める。 しかし、どうやら涼宮ハルヒはこの世にある全ての存在を拒絶し始めたようだ。 私達の能力も上手くコントロール出来なくなっている」 「新川!!」 森さんは新川さんを呼び寄せながら僕の肩に手を置いた。 「とにかく彼らの治療は新川に任せましょう。 機関でも最も能力の高い部類に入る古泉の能力を持ってしても 駄目だというのならもう手は一つしかありません」 今は不本意だが、機関の人間が手を打てないとならば やはり涼宮ハルヒに対しては鍵としての彼の力に頼り、協力を仰ぐしかない。 新川さんと怪我をしている他の能力者達は治療に向かい、僕はこの場で待機。 彼を捜し、迎えに行く役は森さん自らが有無を言わさずに自分がやると申し出た。 きっと彼に対して森さんはどうしても『一言』言わないと気が済まないのだろう。 精神的に潰されなければ良いのですが…。 待機と言っても駅前の広場で一人立ち尽くしているだけだから 特にこれと言ってやる事も出来る事もない。 閉鎖空間には相変わらず、拒絶されたままだ。 雨脚が強くなってきた。傘に打たれる水の音が激しさを増していく。 「古泉君…」 ふいに声を掛けられた。振り返るとそこには朝比奈みくると長門有希の姿があった。 「朝比奈さん…長門さん…どうなさったのです?」 傘を差している二人の髪は秋雨に濡れていた。 「キョンくんと古泉君が飛び出していってから私達、 いてもたってもいられなくて…力になる事は出来ないかもしれませんけど、 キョンくんと涼宮さんの事、放っておく訳にもいかないんです」 それでとりあえず彼ら二人が喧嘩別れしたこの駅前の広場にやって来た訳ですか。 「僕も同じ想いです。どうも彼ら二人は素直じゃないと言いますか、 最近は友人として見て見ぬ振りが出来なくなってきました」 これは率直な想いだ。 以前の僕なら現状維持で見過ごすべき所は見過ごしていただろう。 「…そう」 3人、広場で雨に打たれながら無言で彼を待っていた。 結局、僕らはなんだかんだ言いながらも お互いを信頼し合っているのかもしれない。 その時、黒塗りの車が水しぶきを立てながらブレーキを掛けた。 「お待ちしていましたよ。」 涼宮ハルヒという暴走したアクセルに対してブレーキとなれるのはあなただけ。 これでも僕らはあなたのやる時はやるという一本、芯の通った所が好きでもあり、信じてもいます。 「情報統合思念体は混乱している。 現在の涼宮ハルヒは有機生命体の持つ全ての感情を?強い力で衝突させ、爆発を起こしかけている。 本来、情報統合思念体にとって感情とはエラーと認識されるもの。 それが処理出来ないほどの量と質で埋め尽くされている。 情報統合思念体にとって自らの存在を消去し得る 触れる事は危険且つ、不可能な領域として認識した。 だから、あなたに任せる。」 最後の一言こそ、複雑な想いを抱えながらも長門有希の本音なのだろう。 「キョンくん…さっきは怒鳴ったりしてごめんなさい… でも、キョンくんにしか涼宮さんを助ける事は出来ないと思うの。 キョンくんの素直な気持ちをちゃんと伝えて、お願い。」 今回ばかりはのらりくらりと逃げる事は許されませんよ。 きちっと責任を取るつもりで覚悟を決めて下さい。 「では、ここからが閉鎖空間の入り口です。?僕らはこれより先には進めません。 ですが、あなたならきっと大丈夫です。 いえ、あなたにしか出来ません。」 涼宮ハルヒはきっとあなただけは拒絶する事はないはずです。 何故なら、彼女はいつもあなたの傍にいてあなたと共に行動する事が 何よりも好きなのだから。 彼が一人で閉鎖空間に飛び込むのを見送るともうやれる事はない。 やはり全てを拒絶するあの空間も彼だけは受け入れてくれたようだ。 あと僕らに出来るのはただ待つのみ。 僕ら3人と森さんは激しくなった雨に打たれながら雷の音を聞いていた。 「皆さん、お車の中で待機なさってはいかがでしょう?」 森さんが愛くるしい笑顔を僕らに向けた。 あぁ~…僕だけの時にもこれくらいの柔らかい態度で接してくれたなら どれだけ機関の仕事が楽になるだろう… 朝比奈みくるは頑なに車に乗るのを拒否していた。苦い思い出があるからだろう。 まぁ、僕らも車の中で安穏と過ごすつもりは毛頭ない。 「大丈夫ですよ、森さん。僕らはここで待ちます」 「そうですか」 さっきから気になっている事を2人には聞こえないように森さんに訊ねてみた。 「…ところで森さん。彼にはなんとおっしゃったんですか?」 森さんの目が鋭く光った。 「飴と鞭、というところでしょうか。 私は訓練により精神破壊系の拷問テクニックも身に付けているから」 その時の森さんの笑顔ほど僕を凍り付かせ、震え上がらせたものはなかった。 ニッコリと微笑む悪魔のようにただただ怖かった… この人だけには悪戯心の冗談でも逆らわないでおこう。 そう心に誓った。 雷鳴が遠のき、雨脚が弱まったかと思うと街の喧噪が騒がしくなった。 さっきまで分厚い雲に覆われていた空は風と共に流れ、 雲の隙間から眩しい夕陽が顔を出している。 「どうやら彼ら二人は無事、仲直りしてくれたようですね」 今、気が付いたのだが僕はいつもの笑顔を忘れていた。 僕もそれなりに緊張していたのだろうか? 「良かったです~、キョンくんはちゃんと涼宮さんに 素直に想いを伝えたのでしょうか?」 「きっとそうでしょうね。彼は普段は鈍感極まり無い方ですが、 やる時はやる方ですから」 「…そう」 今、彼ら二人がどこにいるのかは分かりませんが、 二人の時間を邪魔するような無粋は止めておきましょう。 「さて、僕ら3人は部室にでも戻りますか?」 「そうですね~♪」 その時、森さんが僕の耳元でそっと囁いた。 「ハロウィンの件は許可がおりましたが、鶴屋家との相互不干渉の取り決めより どちらか一方が、という事になりました」 なるほど、そうですか…。 「では、きっと鶴屋家で準備して頂けると思います。 決まり次第、また連絡を入れます」 「了解致しました。あと、あなたも分かっている事だとは思いますが、 私へ報告のメールをする際、もう決して二度と絵文字は使わないように」 ハハ…そんなに気持ち悪かったのだろうか…? 嵐来りて大暴れ。 上へ下への大騒ぎ。 嵐は去りて一番星。 誓いを立てて笑い顔、 夢か現か幻か。 「ではこれより!SOS団ハロウィンパーティーを始めます!!」 結局、部室では時間が遅いと言う事で急遽、鶴屋家で お菓子と秋の味覚を取り揃えた あまりにも豪華なパーティーを催す事になった。 涼宮ハルヒと鶴屋さんはタッグを組んで朝比奈みくるに セクハラまがいの行為を繰り返している。 長門有希は相変わらず、物凄い食欲だ。 僕自身も涼宮ハルヒに渡されたドラキュラの格好をさせられている。 僕にとってSOS団のメンバーと過ごすこういう時間は かけがえの無い大切な時間となってきている。 機関の命令により、仕方無しに参加していたかつてなら 考えられなかったくらいの心境の変化だと自分でも実感している。 涼宮ハルヒはミニスカートの妖精、鶴屋さんは幽霊、朝比奈みくるは黒猫、 長門有希は魔女、そして彼はカボチャ…。 涼宮ハルヒは一体、このカボチャのコスプレをどこから持ってきたのでしょうか? 「今回もあなたに助けられましたね」 「まぁ、今回は俺が原因でもあるからな。色々すまんかったな、古泉」 「いえ。初めに話を聞いた時は機関で拘束して?拷問にでも掛けようかと思いましたがね」 本気で手配しようかと考えたくらいです…。 「で、涼宮さんとは付き合う事になったんですか?」 おやおや…せっかくの秋の味覚を吹き出してしまうなんて実に勿体ない。 「ば、馬鹿言うなよ!」 「おや?今回もキスしたんじゃないんですか?」 「しとらん!」 全く…なかなか彼ら二人は先に進んでくれませんね。 ここは一つ… 「それは……また森さんが怒りますよ」 脅しをかけておきましょう。 「キョ~ン!」 「なんだ?」 「あんた、美味しそうなもん食べてんじゃないのよ」 「やらんぞ。自分で取れ」 「ケチ!うりゃ!」 「おい、取るなよ」 「だって私、この付け合わせの甘い人参、好きなんだも~ん」 まぁ、でも今回は元の関係に修復出来ただけでも良しとしましょう。 「じゃあ、お世話になりました~!」 「良いって事さ~!今度はクリスマスだね!」 「おやすみなさ~い!」 宴もたけなわ、ですね。 来週からはしばらく期末テストに向けての試験対策。 しっかりやらないとまた森さんや機関の上層部にどやされる…。 「では、僕もこのへんで」 「…同じく」 「わたひもおうひにかえりまひゅ~」 お二人のお邪魔になるでしょうから 泥酔している朝比奈みくると長門有希は僕が送り届けますよ。 「では、涼宮さんを家まで送り届けて下さいね」 二人っきりの時間はチャンスですよ、勇気を振り絞って下さい。 「キョン!」 「はいはい。」 「はい、は一回。」 「はぁ~い。」 彼は一つ決めました。 これからはあの二人を見守っていこう。 自分が入り込めるような隙間は無い。 時には譲れず、手を出す事はあったとしても 友人として接していこう。 冬も間近な秋の夜。 空に浮かぶ星達は遠い遠い所から 優しく光を落としています。 彼は待ち望んでいます。 まだまだ遠い将来にいつか彼らと心を開き、 ただただ笑い合える日を―――― The End
https://w.atwiki.jp/haruhi_sm/pages/20.html
短編・涼宮ハルヒ 1
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3673.html
エピローグ 終業式の日は、雨だった。去年は快晴だったな。 俺は今更ながら、1年前にも大きな選択をしたんだということを思い出した。 あのときは世界そのものの選択。 今回は、誰に世界を託すかの選択。 結局、どちらにしても俺は自分の苦労する選択をしちまったわけだ。 ハルヒが暴走して、俺が振り回される。 この図式はこれからも既定事項なんだろう。 でも、それもいいだろう? 雨でも早朝サイクリングを続けている俺は、今日もハルヒとともに登校だ。 俺の後ろで傘を差しているハルヒも結構濡れるはずなのに、送迎を免除してくれはしない。 ──まあ、俺も休む気はないのだが。 こんな雨では自転車で会話もままならないので、無言のまま駅に着いた。 「さ~て、今日は午前中で学校も終わりよ! 放課後は楽しみにしてなさい!」 1週間ほど前まで意識不明だったとは思えない元気さで、ハルヒは言った。 そう、放課後は去年と同じくクリスマスパーティin部室らしい。 「去年より美味しい物を食べさせてあげるから!」 俺は去年の鍋を思い出した。あれは旨かったな。 ハルヒがあれより旨いって言うんだからここは素直に楽しみにしておこう。 「ああ、期待してるぜ」 俺がそういうと、にんまり笑って俺を見たが、ふと目を伏せて言った。 「みくるちゃんも鶴屋さんも、今年で最後ね……」 ハルヒは寂しげな表情をしていた。 あの事件の前までは触れることのなかった話題だが、退院してからは話すようになっていた。 俺はと言うと、俺の前では素直に不安なことも話せるのか、と内心自惚れている。 そんなハルヒも何というか、まあかわいげがあるしな。 「まだ直ぐ卒業式って訳じゃないから、今のうちにたくさん楽しめばいいさ」 受験生のお二人、すみません。ハルヒに付き合ってやってください。 特に、いつかは本当に分かれなくてはならない朝比奈さんは。 「お前なら『もう充分』って思わせるくらいに楽しませるだろうさ」 俺のセリフにハルヒは笑顔を取り戻した。 「そうよ! だから今年はほんとに豪勢にするんだから! みくるちゃんと鶴屋さんにもびっくりしてもらわなくちゃ!」 今年は朝比奈さんには手伝ってもらわない気か。 「手伝ってもらうわよ! そっから楽しまなくちゃ損じゃない!」 準備も楽しみのうちね。確かにそうかもしれないな。 「あんたは今年は一発芸を免除してあげるわ。あんたがやっても寒いだけだし」 団長様のありがたいお言葉に俺は苦笑した。俺がお笑いに向いてないことにやっと気がついたか。 「その代わりキリキリ働くのよ!」 そう言って、100Wの笑顔を俺に向けてきた。 それからふと何かに思いついたような、頭の上に電球がともったような顔をすると、突然話を切り替えてきやがった。 「あたしが意識なかったときの夢なんだけどさ」 この話をされると俺も警戒する。ボロを出すわけにはいかない。 「何だ?」 なるべくさりげなく答える。 「どう考えても不思議なのよね。夢なのに、細かいところまではっきり覚えてるのよ」 うっ やっぱりそうか! なんと言って誤魔化す?? 俺が焦っていると、ハルヒは勝手に続けた。 「だから、あれは夢じゃなくて、宇宙人からのメッセージじゃないかしら」 はい? なんとおっしゃいました? 「そうよ、きっとあの山にUFOが墜落したのは本当なんだわ! それで助けて欲しくて、あたしにあんな夢を見せたのよ!!!」 おい、ちょっと待て! 「SOS団にSOSよ!! これは助けに行かなくちゃならないわ!!」 何だそのおやじギャグは!!! 「冬休みは裏山探検よ! 宇宙人を捕まえに行くんだから!」 助けに行くんじゃなかったのか? ……やれやれ、さて、どう止めようかね。 しかし、嬉しそうなハルヒの笑顔を見ていると、まあいいかという気にもなってくる。 俺が今回の事件で頑張ったのは、この笑顔を取り戻したかったからなんだ。 だったら、ハルヒの気の済むまで付き合ってやってもいいか。 ──それが今、俺にとっての大切な日常なんだから。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1034.html
涼宮ハルヒの戦場 その1 涼宮ハルヒの戦場 その2 涼宮ハルヒの戦場 その3 涼宮ハルヒの戦場 その4 涼宮ハルヒの戦場 その5 涼宮ハルヒの戦場 その6 涼宮ハルヒの戦場 エピローグ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4685.html
「ドナルドを探しに行くわよ!」 一週間の学業が全て終了したという、達成感と脱力感に満ち溢れた金曜日の放課後。俺は慣性の法則に基づいて文芸部室へ向かい、小泉の持ってきたチェッカーなるボードゲームでだらだらと時間を潰していた。朝比奈さんの御手から差し出されたホット聖水をありがたく頂きながら、相変わらずゲームに弱いニヤケ面から三回目の勝利を奪い取ろうとした刹那、パソコンの画面とにらめっこを興じていた我らが団長様が唐突に宣言した。ドナルド?誰ですか? 「あー、ハルヒよ。お前が言っているドナルドってのは、夢の国でネズミと戯れてるアヒルのことか?」 ハルヒのトンデモパワーによって瞬間冷凍された部室内で最も早く解凍することに成功した俺は、しぶしぶながらハルヒに質問した。損な役だと分かってながら演じてしまう己が情けないぜ。 「はあ?そのドナルドじゃないわよ。あたしが言ってるのは・・・ほら、こっちのドナルド」 ハルヒは小馬鹿にした口調で答えると、ぐるりとノートパソコンを回して俺たちにも見えるようにした。画面の中では、古泉のそれよりもいっそう胡散臭い笑顔を周囲にばら撒いて、ハンバーガーを食そうとしているピエロ一人。 「正式な名称はドナルド・マクドナルド。日本以外ではロナルド・マクドナルドらしいけどね」 ああ、世界一有名なファーストフードチェーン店のキモいマスコットのことか。そういや何年か前、家族でマクドナルドに寄ったら、店内に置いてあったドナルドのマネキンにビビッた妹が泣き出したことがあったなぁ。今となっては良い思い出だが、こいつはマスコットとして問題があると言わざるを得ない。しかし、この世の不思議を追い求めるハルヒが、何故に不気味なだけで不思議の「ふ」の字も出て来そうにない道化師に興味を持つんだ?こいつのおつむの中はさっぱり理解できん。いや、理解できたら脳外科にお世話にならにゃならんか。 「でね、さっきネットで暇・・・情報収集をしてたら、学校の近くに新しくできたマクドナルドの開店初日にドナルドが目撃されたって情報を見つけたのよ。グローバル化に乗じて勢力を伸ばした超巨大ファーストフード店。その成功の裏には知られたらまずい秘密が絶対あるはずよ。例えば、ハンバーガーの肉に牛肉じゃなくてネズミの肉を使ってるとか、ライバルチェーン店に工作員を送り込んで営業妨害させているとかね。で、悪の多国籍企業の手先があたし達のすぐ近くに来たのよ。臭うと思わない?思うでしょ?これは調査する価値大ありよ!」 「具体的には何をするんだ?」 「ドナルドをとっ捕まえて、マクドナルドがこの街で何をしようとしているか聞き出す。普通の店員に効いても駄目よ。あいつらは下っ端だから情報なんかほとんど与えられていないわ。その点ドナルドはマクドナルドにとってキーパーソンだから重要な情報も持ってるはずよ」 ははは、こやつめ。要するに暇だから適当に不思議そうなものをでっち上げただけなんだろ。まあいい、ツチノコだのスカイフィッシュだの空想上の生き物を探しに行くと宣言して、人里離れた山奥で汗水たらした挙句、遭難して新聞の一面を飾るよりは、空調の効いた文明的空間で少々場違いな道化師と鬼ごっこをやる方がよっぽどましだ。ここまで思考をめぐらせると、舞台の裏方でせっせ暗躍するハルヒを退屈させない隊が存在していたことを思い出した。俺は投票日前日に街頭で演説する衆院議員立候補者よろしくしゃべり続ける団長に相槌を打ちつつ、横にいる超能力者兼ハルヒを退屈させない隊隊員にそっとささやいた。 「おい、これもお前の機関が用意したハルヒを退屈させないためのプランなのか?」 「まさか。いくら我々が涼宮さんの心理分析に長けているといえども、彼女がいつ、どのようなものに興味を持ち、どのサイトにアクセスするかまでは予測するなど不可能です。仮に予測できたとしても、機関なら有名企業のマスコットなどではなく、より周囲に影響の出ない無害なものを用意しますよ」 ハルヒに聞こえないように持論を展開すると、古泉は肩ををすくめてみせた。最近どたばた騒ぎとご無沙汰だったから、ハルヒが何かしでかす前に機関が先手を打ったのかと思ったが、今回は関係が無いのか。 「はい、涼宮さんがドナルドに興味を持ったのは単なる偶然と考えてよろしいかと。何なら機関に連絡してそれなりの対策を講じさせましょうか?」 うっ、やぶ蛇になっちまった。ここでホイホイうなずくと、明日にはドナルドの格好をした新川さんか多丸兄弟に出会いそうだ。それだけは勘弁願いたい。知り合いがあの姿になっているところに遭遇するとトラウマになりそうだ。 考えておきます、そう言って古泉はクラスの女子の大半を一撃で籠絡できそうな微笑を浮かべた。止めろ。俺にそっちの気は無いんだ。やるんだったらどこぞの自動車修理工の前でやれ。 明日の不思議探索はドナルド捕獲大作戦に変更。集合場所も駅前ではなく件のマクドナルドに、とハイテンションなハルヒが一方的に宣言したところで、騒音にめげずに黙々と読書を続けていた長門が本を閉じたので、本日の団活は終了と相成った。 先に言っておこう。俺は運命などという正体不明の現象なんぞこれっぽっちも信じちゃいない。だが、もし運命をつかさどる女神が存在して、古泉の言う偶然をいじくり回して俺達の運命の方向を決定したやつがいるなら、俺はそいつを思い切り殴って・・・やるのはさすがに女神だから気が引けるが、それでも三時間ほど愚痴を言ってやらなきゃ気がすまん。俺たちはその偶然のせいでとんでもない事件に巻き込まれちまったんだ。 「遅い。罰金!」 いつもとは違う場所に集まったのに、俺はいつも通り遅れてしまった。俺が遅れることはもはや歴史上の決定事項と化しているようだ。他のSOS団員におごることもまたしかり。こうして俺の財布は今日も悲鳴を上げるのだった・・・・・・べっ、別に泣いてなんかいないぞ! 「さっきからぶつぶつ気持ち悪いわね。早く中に入るわよ。ドナルドが逃げちゃうじゃない」 俺の心の叫びを軽くあしらったハルヒは、鼻息荒く大股で店内にずかずか踏み込んでいった。喧嘩を売りにきたヤンキーじゃあるまいし。 「ドナルドさんってどんな人なのかなぁ。わくわくしちゃいます」 春の妖精を髣髴させる可憐な足取りで朝比奈さんがハルヒの後ろに続く。ドナルドなる道化師はどうせ客をメタボにしたり、壊れやすいおまけを配るろくでもない奴で、あなたのご想像なさっているようなサーカスの人気者のピエロとは似て非なるものですよ、朝比奈さん。 「むぅ・・・・・・ドナルドはいないようね」 客もまばらな店内には当然ながらドナルドの影も形も無かった。力のやり場に困ったハルヒが何を思ったのか、カウンターに乗り込んで立ちすくむアルバイト店員の胸倉をつかみ 「ドナルドはどこ!?隠しても無駄よ!」と熟練クレーマーのごとく怒鳴り散らす。そんな最悪のシナリオが俺の脳裏をかすめたが、幸いにも店員一同による先制攻撃「いらっしゃいませ~」に促された俺達は、あたふたとジュース等を・・・もちろん俺のおごりで、頼んで奥の座席に引っ込んだ。 「こうなったら店長に直接聞いてみようかしら。誠意をこめて話して、みくるちゃんの色気をちょっと足してたらきっと教えてくれるはずよ」 ハルヒは炭酸飲料がたっぷり入ったLサイズの紙コップを、バキュームカーも恐れおののく吸引力であっという間に空にすると、カウンターと朝比奈さんの胸元を交互に見ながら呟いた。それだけは止めてくれ。お前の誠意をこめて話すは拳で語り合う。朝比奈さんの色気は脅迫だからな。校内ならまだしも、こんな街中でやったら確実に警察沙汰になる。この年で自分の履歴書に前科一犯と書くなんて虚しいことはしたくないぞ。 「ナンパ狂いの谷口じゃあるまいし、SOS団の団長たるこのあたしなら警察を呼ばれないようもっと巧妙に事を運ぶわ。 恐ろしいことをさらりと言ってくれるな。この分だとSOS団が指定暴力団に指定される日も近いかもしれん。 「まっ、ともかく昼食時まで待ちましょう。その頃になったら客引きをするためにドナルドが出てくるわ」 お前がそんなこと言ったら、昼頃にはこの店内にいる人間が全員ドナルドに変身しそうで怖いな。古泉曰く、最近では神的能力も徐々に収まっているらしいが、まだまだ油断はできん。ここはあえて昨日疑問に思ったことをつっこんでみる。 「ドナルドの目撃情報があったのは開店初日だけなんだろ。この店に来ればドナルドに会えるという思考が間違っているんじゃないか?」 「んっ、そんなことないわよ。ドナルドは必ずこの店に姿を現すわ!そうよね有希!」 中東の油田のごとく自信がジャブジャブと沸いてくるハルヒも、さすがに不安に感じたのか無理矢理同意を求めるように長門の顔を見た。だが、長門はハルヒの問いかけに答えも振り向きもしなかった。その視線は席に座ってすぐに読み始めたファウンデーションなるやたらと分厚いSF小説ではなく、窓ガラスを貫通して店の外、道路の向こう側の床屋の前に置いてあるクルクル回るシュールな機械に刺さっていた。知ってるか?このクルクル回るやつってサインポールって名前なんだぜ。なんてやってる場合じゃない。長門の視線はサインポールをさらに貫いて、サインポールの後ろにたたずむ赤白黄色三色の派手な色彩をしたピエロにぶち当たっていた。俺達に向けている笑顔は、顔に施された真っ白なメイクと真紅の唇によってよりいっそうグロテスクなものへと昇華していた。えーっと。こいつは・・・・・・ 「ドナルドよっ!」 ハルヒは風と共に去りぬ。叫び声に驚いた俺がハルヒを探すと、やつは自動ドアをこじ開けるようにして外に出るところだった。目測だが今の席からドアまでのタイムは確実にフローレンス・ジョイナーのそれを上回っていそうだ。 「追いましょう!」 古泉の声に押されて俺も席を飛び出した。店員に奇異の目で見られつつ外に出たとき、すでにドナルドとハルヒの姿はどこにもなかった。 「こっちです!」 何で分かるんだ?お前は超能力者・・・・・・だったな。俺は古泉に導かれるままに街中を右に左に走り続けた。 「さっきのドナルドは機関の息がかかったやつなのか!?」 10分ほど経つと目的地が分からないまま走るのが苦痛になってきたので、前方を走る古泉の背中に質問をぶつけると立ち止まって俺の方を向いた。俺は汗だくで息が上がっているが、腹立たしいことに古泉は顔から笑顔が消えている以外平生と変わりない様子だ。やっぱりこいつも機関でそれなりの訓練を受けてるんだろうな。そのうちボンドカーを乗り回すようになるかもしれん。 「残念ながら機関の用意したドナルド、くじ引きで負けた森さんが扮したものは店の奥で待機しています。ドナルドの正体が森さんだと気づかせ、涼宮さんの興味をドナルドから何故森さんがドナルドの姿をしていたのか、へと移すことが機関の目論見だったのですが先を越されてしまったようです。せっかく偽の身の上話や森さんの両親役も準備していたんですが、このままだと無駄になってしまいそうです」 なんたるダークホース、ドナルド・森。見てみたい気もするが、見たら二度と森さんの顔を直視できなくなる気がする・・・・・・いや、待て待て。ということは、さっきのドナルドは正体不明ってことなのか? 「それは違う」 「のわっ!?」 突然、耳元に季節はずれの寒風が飛び込む。長門、頼むから人の後ろに立ったときは急に話しかけないでくれ。心臓に負荷がかかる。いつの間にか背後に立っていたヒューマノイド・インターフェイスはナノメートル単位でうなずくと、ごく端的にドナルドの正体を説明した。 「先ほど我々が視認したドナルドは涼宮ハルヒの願望によって具現化されたもの」 なるほどな。ハルヒが退屈する→突拍子もないことを思いて実行しようとする→うまくいかない→スーパーハルヒパワーで自己解決。実に理解しやすい公式。オイラーもびっくりだ。しかし、自分で作ったドナルドを自分で追いかけるなんて滑稽な話だな。例えるなら子犬が自分の尻尾を追いかけて遊ぶ、みたいな感じか?いや、あいつの場合子犬じゃなくてゴジラか。周囲に与える被害が大きすぎる。 「涼宮さんの願望によって生み出されたドナルドですが、その存在が地球環境に及ぼす影響はどの程度のものなんですか?」 ハルヒ心理分析の権威である古泉博士がこの世の現象を全て把握していると評判の宇宙人にコンタクトを試みる。 「基本的に無害。先ほどのドナルドも涼宮ハルヒが追跡を開始して三十七秒後に消滅を確認した。これは願望の度合いが比較的低かったからだと推測されるが、詳細な原因は情報統合思念体内で解析中」 「今回の願望は突発的なものであると考えてよいと?」 「否。涼宮ハルヒの心理状態によっては再びドナルドが具現化される可能性がある。また、次のドナルドも無害であるという保証はない。現状維持を望むなら早急に代替物を用意することが得策」 朝起きて顔を洗おうと鏡を見たらドナルドになってた、なんて考えただけでも背筋が寒くなる。SOS団創設したての世界恐慌一週間前のニューヨーク平均株価指数並のテンションだったハルヒならともかく、今のハルヒはそんなアホらしい願望は持たんと思うが、用心と保身にこしたことはない。ここはどうあっても森さんドナルドに一肌脱いでもらうしかないようだ。 「ならば機関の用意したドナルドを涼宮さんの前に出すしかないようですね」 「推奨する」 長門に断言された古泉は困ったようなニヤケ面になってわざとらしくため息をついた。 「やれやれ。仕事中毒と間違われるほど職務に忠実なあの森さんが、しかも厳粛なくじ引きの結果であったのにも関わらず、あそこまで嫌がるなんて初めてのことでしたよ」 それはお気の毒に。じゃあ森さんのアフターケアは任せたぞ、古泉。俺は結果報告だけ聞いてやる。 「あまり任されたくはないんですけどね。なにせ・・・・・・おっと噂をすれば何とやらです」 すぐそこの路地からハルヒがひょっこり現れてこっちに向かってきた。額を汗で光らせ肩で息をしているが、久しぶりに不思議なものを発見することができてよっぽど嬉しかったらしい、気味が悪いほどの笑顔が顔に張り付いてやがる。 「ごめん、ドナルド逃がしちゃった。あいつ見かけによらず足が速いみたい。次に追いかけるときは麻酔銃と上空からの追跡用のヘリコプターが必要だわ」 お前は動物園から逃げ出した猛獣を捕まえる気か。 「麻酔銃は保健所から借りればいいし、ヘリコプターは空港か自衛隊の駐屯地にでも行ってみくるちゃんの・・・・・・あら?みくるちゃんはどこなの?」 「あ」 いかん。俺としたことが、道化師のことで頭がいっぱいになって慈悲深い女神様の存在を失念してしまうとは!慌てふためく俺たちに雪の女神が道を示してくれた。 「朝比奈みくるは五人分のゴミを片付けるためにマクドナルドに残った。現在わたしたちを探して街を歩いていると思われる」 「ちょっと!みくるちゃんが一人で歩いたら迷子になっちゃうわよ!早く探しに行くわよっ!」 カップラーメンを二十回作れる時間が過ぎた頃、ようやく遠征先のイスラム教国から帰還する十字軍兵士を髣髴させるほど疲弊した朝比奈さんと合流することができた。携帯でお互いに連絡を取り合ったものの「えーっと、すっごく大きな建物の前にいます」や 「あっ、地図を見つけました!・・・・・ごめんなさい。漢字が読めないです」等、美声で伝えてくださる朝比奈ナビの信頼性は駅前の怪しい占い師の恋占いより低かった。 「みくるちゃんが疲れてるから、ドナルド捕獲大作戦は明日に延期!」 普段は朝比奈さんを着せ替え人形にして遊んでいるわがまま団長様も、朝比奈さんの憔悴振りに心の片隅に追いやられてた思いやりが復活を果たしたのかありがたい宣言をしてくれた。ほんの少しだけ俺の中のハルヒ株が上がったね。もっとも、これから上がる可能性は皆無だろうが。古泉は何とか言いくるめてマクドナルドへ誘導しようとしていたが、口八丁では一度心を決めたハルヒを動かすことはできなかったようだ。もともと強く自己主張できない立場にいることだし。 解散後、俺は家に戻り特に何かをするでもなく定年後のサラリーマンのようにテレビを眺めたり、適当に妹の相手をしてはゴロゴロ過ごし、明日の出来レースに備えて早々に布団の中にもぐりこんだ。勉強?受験?知ったこっちゃねえや。 レム睡眠とノンレム睡眠の狭間。一日の疲れを癒す極上の羽衣に全身を包まれる至福の時間帯は、無遠慮に侵入してきた着信音とバイブレーションによって見るも無残に蹂躙されてしまった。無視してしまえばよかったのだが、そこは携帯の扱いに慣らされてしまった現代人の悲しい性、脊髄反射的に通話開始のボタンを押してしまった。もし、この電話の主がハルヒだったとしたら無視した場合、次に会うときどんな目に遭わされるか分かったもんじゃない、という深層心理が働いたのかもしれん。 「うー・・・・・・もしもし」 「こんばんは。古泉です」 眠気が反対側の耳から逃げ出す甘ったるい声が鼓膜を優しくなでる。ある意味不機嫌なハルヒの声よりも聞きたくないやつだ。 「機関の仕事に一般市民への安眠妨害があるとは初耳だぞ」 「夜分遅くに申し訳ありません。ですが、少々困った事態になりまして。お手数をおかけしますが、窓の外をご覧になっていただけませんか?」 やけにかしこまった口調がなおさら嫌悪感をそそる。しかも、声の後ろで中国の旧正月のお祭り騒ぎのごとく爆竹が炸裂する音がして何を言っているのか聞き取りにくい。何だ?季節はずれの花火大会でもやってるのか? 「時間がありません。お願いします」 「へいへい」 何だかんだ不平不満を言っても、結局は人に流されちまうんだな、俺って。重たい脚を引きずりながら窓際まで行き、明る過ぎな日本の夜景から睡眠時間を守るために閉められたカーテンを開けた先に待っていたのは、 「・・・・・・ははは、冗談はエイプリルフールだけにしてくれよ」 問、パリは燃えているか? 答、パリではないが俺の街が燃えている。 「気を確かにしてください。緊急事態です。涼宮さんの願望を実現する能力が暴走して大量のドナルドが発生しました」 俺は口を開いたまま古泉の話を右耳から左耳へと流していた。遠方に見える高層ビル群に混じって、真っ赤な炎に照らされた煙が幾筋も立っている。遠くだけじゃない。煙の太さから見てもかなり至近でも火災が発生しているらしい。何よりも恐ろしいのは、これが閉鎖空間とかいう便利空間ではなく、現実の世界で起きているということだ。その証拠に、この壮大で悲壮な光景には時折BGMとして誰かの悲鳴が流れてくるのだ。 「ドナルドたちはマクドナルド以外の飲食店を手当たり次第に襲撃しています。それがウズベキスタン料理店だろうと、潰れかけた立ち食い蕎麦屋だろうと手当たり次第に襲い、ハンバーガーとフライドポテトを駆使して破壊の限りを尽くしています。また、ドナルドは一般市民に対して洗脳を行っています。洗脳されたら最後、理性を失ってマクドナルドに関係することしか考えることができなくなり、ドナルドの手先として利用されてしまいます。これは未確認情報ですが、洗脳を施された人々の中に良い男が混じっていると、遠慮なく掘ってしまうそうですよ。実に羨まし・・・・・・おっと失敬。とにかく、機関があなたの家に迎えの車両を回しています。車が到着するまで家の中に隠れ・・・・・もし・・し・・・・聞こ・・ま・・・・?」 「古泉?どうしたんだ?」 古泉の変態トークは突然ノイズによって中断されてしまった。テレビだったら画面に砂嵐が移るようにしてだ。十秒くらい経って再び言葉がはっきり聞こえるようになったが、聞こえてきた言葉は古泉のものではなかった。 「もしもし。ドナルドです」 口から心臓が飛び出しそうになった。背中を氷の塊が滑っているかのように鳥肌が立ち、心の底まで冷却されたように歯がガチガチ鳴る。 携帯を取り落として、そこで気づいた。我が家の前の道路に赤い携帯を持って立っているドナルドに。そいつは二階の窓にいる俺を見るように顔を上げて、笑った。 「ドナルドは今、男子に夢中なんだ」 日本に生まれたことを心底呪った。ここがアメリカだったらすぐに机の引き出しから護身用の銃を取り出してドナルドに向けてぶっ放してたのに。残念ながら俺の机の引き出しにあるのは、目も当てられないような点数をとった模試の解答用紙だけだ。紙飛行機にして飛ばして運良く目に当てても、狂気の道化師にダメージを与えられるか怪しい。 「ほら、自然に身体が動いちゃうんだ」 泣かなかった俺を褒めてやりたい。ドナルドが俺を殺す、もしくは掘るために歩き出そうとした刹那、視界の端で何かが光った。 「アラァー?」 連続した小規模な爆発音が耳に届いて光の正体が銃を発砲した時に発生した光だと理解する前に、間の抜けた叫びを上げたドナルドは身体が青白い光に変化して、仰向けに倒れながらいつぞや見た神人の崩壊のように細かく分解していき、アスファルトと密着する寸前で消滅した。 呆然とその様を眺めていた俺に状況を飲み込む時間は与えられなかった。その一秒前までドナルドがいた場所に、何度もお世話になった黒塗りのタクシーが心地よいブレーキ音を立てて急停車したのだ。俺はタクシーの中から人が出てくるのを待たずして駆け出した。 「古泉!」 「危機一髪。いや、危機半髪といったところでしょうか。一か八かのP90の長距離射撃が成功していなければどうなっていたか・・・・・・いずれにせよ、到着が遅れてしまい申し訳ありません」 玄関のドアを蹴破る勢いで飛び出した俺を待っていたのは、ポケットやら何やらがごてごてとついた濃紺色の上下一体型ツナギ、ゴーグル付きのヘルメット、果ては妙な形をした銃をかまえている、見慣れた制服姿とは似ても似つかない古泉だった。このままサバゲーの会場に行っても問題なさそうだぜ。だが、そんなことどうでも良い。今のお前は地獄に蜘蛛の糸を垂らしてくれた仏様か、敵に囲まれ孤立した砦に救援に来た騎兵隊に見えるぜ。ありがとうな、古泉。 「何をおっしゃるんですか。あなたが無事であっただけでも十分なのに、お褒めの言葉を頂いただくなど身に余る光栄ですよ」 そう謙遜するなって。一回くらい尻穴を貸してやっても・・・・・・すまん、ただの妄言だ。俺の言ったことは全部忘れてくれ。むしろ忘れろ。だから、そのキラキラ輝く瞳をどこかへやってくれ。反吐が出そうだ。 「うう、残念です」 ついでに涎もふけ、このガチホモ野郎。一瞬でも気を許した俺が馬鹿だった。 はあ。とにかく、今ので正気に戻った。いい加減、変態抜きの状況説明を頼むぞ。 「僕はいつだって本気なのですが・・・・・・分かりました。時間がないのでタクシーに乗りながら説明します。少しの間、ドライブに付き合ってください」 と言って古泉がタクシーの後部ドアを開ける。ああ、もちろん良い・・・・・・ちょっと待て、いかれた道化師がうじゃうじゃ歩き回ってる中に家族を置いてけってことか? 「キョンさんのご家族は我々が責任を持って安全な場所へ送り届けるよ」 あるときは資産家で殺人事件の被害者。またあるときは、機関の敏腕エージェント。しかして今宵の姿は、歴戦の特殊部隊隊員。古泉と同じ格好をした田丸圭一さんがタクシーの中から現れ、俺にウィンクをしてから家に入っていった。続けて田丸裕さんも親指を立てて俺の脇を走り抜ける。まだ返事をしていないのだが、いいや。敵が変態ピエロドナルド・マクドナルドだとはいえ、戦う術をこれっぽっちも知らない凡夫たる俺よりはよっぽど頼りになるだろう。 後顧の憂えがなくなった俺は覚悟を決めて行き先不明、料金不明、生きて帰れる保証すらない黒塗りタクシーに乗り込んだ。 「まずはこの動画を見てください」 俺は運転席の新川さんと助手席の森さんに挨拶をする暇もなく、急発進によるGに耐えなければならなかった。座席から身体を引っぺがすと、古泉がノートパソコンを開いて俺の方へ向けていた。そっち系の動画じゃないだろうな・・・・・・っとなんだこりゃ。 「俗にMADと呼ばれている個人が編集や合成を行った動画です」 問題はそこじゃないだろうが。パソコンの画面ではドナルドを奇妙奇天烈な踊りを踊り、ドナルドの声を繋ぎ合わせて作ったと思われる聞いているだけで頭のネジが外れそうな音楽が流れていた。動画のコメント欄には教祖様だの布教和音だの洗脳だの頭が痛くなる単語がずらりと並んでいる。 「古泉。この動画は確かに馬鹿げているしドナルドもいるが、今のくそったれな状況と何か関係があるのか?」 「動画自体は無害です。内容が特異だったので閲覧者が面白おかしくコメントしているだけなので、実際にこれを見て洗脳されたり、マクドナルド教なるものが存在しているわけではありません。わけではありませんが、あなたはこの世界には唯一常識に束縛されることのない力を持つ少女を知っていますね。涼宮さんは昨日我々と別れて自宅へ帰った後、インターネットを通じてドナルドの情報収集を行っていました。そして、たまたまこの種の動画を発見して閲覧して回っているうちに、信じがたい話ですが、涼宮さんの能力と相乗効果を発揮してしまい、涼宮さんは本当に洗脳されてしまったようなのです」 「アラァー?」 タクシーは減速しないまま、、道路のど真ん中を歩いていたドナルドを跳ね飛ばした。さすがは機関の車だ。衝突のゆれも少ないし、フロントガラスだってひび一つ入ってないぜ・・・・・・じゃないよな。うん。もうね、はっきりいってめまいがするね。我らが団長様はいったいどれだけ世間の皆さまに迷惑をかけりゃ気が済むんだ?姿勢制御装置に致命的な欠陥があるせいでどこへ向かっているかも分からないハルヒロケットは、有害物質を盛大に撒き散らしながら飛翔し、墜落するときは燃料に引火して大爆発を引き起こす。自滅するときくらいは一人で勝手にやって欲しいが、そうは問屋が卸さないらしい。 「涼宮さんを中心に半径三十kmが異空間化しています。一時間前、午前二時に確認されたこの異空間は、涼宮さんのストレス発散の場である閉鎖空間とはまったく別のものであり、現実世界に重なるようにして存在しています。ドナルドの発生数から考えて、この空間の内部では涼宮さんの願望は通常の空間よりも容易に実現してしまう傾向にあるようです。もっとも、洗脳されてしまった涼宮さんの願望はドナルドを無限に発生させることだけのようですけど」 つまり異空間はさながらマクドナルドランドになってるってことか。 「ええ、そのように考えてよろしいでしょう。たちが悪いことに異空間はなおも拡大しつつあり、このまま拡大が停止しなかった場合、確実に世界は異空間に飲み込まれてしまいます。これはちょっとしたピンチですよ。男性にとっては貞操のピンチでもありますね」 古泉は星が綺麗だから散歩にでも出かけましょうか、みたいな危機感の欠片もない口調でさらりと世界がドナルドまみれになって滅亡すると言いやがった。お前の仕事場じゃ日常茶飯事なんだろうが、平々凡々な高校生の俺としては一生の内に一回経験するだけで十分だ。化け物退治の専門家はこんなところで油を売っててもいいのか? 「現在、機関だけでなく出動命令の下った県警と自衛隊、演習から帰還途中で付近を航行していたアメリカ海軍第七艦隊がドナルドの対処に当たっています。対処といっても見つけしだい排除せよと命令されているだけですけど。国連でも多国籍軍の派遣が検討されているそうですよ」 俺が寝ている間に国連まで動いているとは。恐るべし機関。今度から機関の悪口は言わないようにしないとな。古泉のホモ野郎!とでも言ったその日の夜には迎えが来るかもしれん・・・・・・ってもう来てるか。 「機関が動いたというよりは、スポンサーである鶴屋家の働きかけが大きいですね。今度鶴屋さんと会ったときはお礼を言ってください」 「おやっさんが本気になったら最強にょろ。キョンくんも頼みごとがあったら遠慮なくあたしに言うといいっさ!キランッ」 うおっ。聞いてはいけない鶴屋さんの悪魔ボイスが頭の中で再生されちまった。もしかすると俺はハルヒと同じくらいでかい地雷の隣で生活してるのか? 「さあ、どうでしょう。本人から直に聞いてみてはいかがです?とにかく、これらは所詮小手先の対処に過ぎません。ドナルドは神人と違って通常兵器でも撃破が可能なのですが、ゴキブリのごとく無尽蔵に湧き出ているので倒してもきりがないんですよ。正直、我々の手に余る存在です。そこで根本的な治療を施すために鍵が、つまりあなたが呼ばれたというわけなんですよ」 タクシーが横転して炎上しているパトカーの脇を通り過ぎ、一瞬だけ古泉の横顔が紅蓮の炎でライトアップされる。こんなくそったれな状況下でも、こいつは俺がどれだけ努力しても真似できそうにない人畜無害な微笑みを浮かべていやがった。くそっ。俺は言ったはずだぞ、平凡な高校生だと。何をすりゃいいんだ?馬鹿正直に去年の春よろしくあいつとキスでもしろってのか? 「それも手段の一つですよ。涼宮さんの洗脳を解くことができるならどのような方法を使ってもかまいません。ですから世界を。いえ、涼宮さんを救ってください。お願いします」 ここでようやく古泉は微笑の仮面を外して真顔になった。うん、これ無理。こいつの真顔はどうもいかん。まだニヤケ面の方がましだ。いい加減、俺の目を見つめる真剣な瞳がウザくなってきたので俺は目を閉じた。すると、どうしたことだろうか。まぶた裏のスクリーンが日常的なSOS団での光景と、非日常的な事件の数々を上映し始める。通常の三倍速での上映だが、どの場面でも中心にいるのはハルヒハルヒハルヒ・・・・・・はあ、わかってるさ。俺には元から選択権など無いってな。ただ、俺は少しばかり天邪鬼なだけなんだよ。だからそう嬉しそうな顔をするなって。 「決心はつきましたか?」 「断る、と言ったらどうする?」 「そのときはSOS団の副部長である不肖、古泉一樹が微力を尽くさせていただきますよ」 「ふん、団長の尻拭いは雑用係の仕事だ。誰にも譲る気はないね」 あーあ、言っちまった。こりゃ、SOS団が存在し続ける限りハルヒの尻に敷かれそうだ。古泉もやれやれといわんばかりに肩をすくめて首を振る。 「あなたって人は、本当に素直じゃありませんね。いつかその性格が深刻な問題を引き起こしても知りませんよ。もっとも、そこが魅力的なんですが」 「こ・い・ず・み」 森さんが微笑んでいらっしゃった。いつぞやの誘拐犯に向けたような妖絶な笑顔を古泉に向けている。ご好意はありがたいが、自分に向けられていないと分かっていても怖い。めっちゃ怖い。チビったかもしれん。対して古泉は微笑みを平然と受け止めるだけでなく、さらに微笑み返している。つくづくこの業界にだけは足を突っ込みたくないと考えさせられるね。 「仕事と私事の区別をつけろ。心配しないでください。ちゃんと心得ていますよ。さて、話を戻しましょう。肝心の涼宮さんですが、我々超能力者の能力によると学校のグラウンドにいるようです。数え切れないほどのドナルドを引き連れてね」 古泉が言葉を切ると示し合わせたかのようにタクシーが停車する。ドアが開いて吸い出された先は、一年生になりたてホヤホヤに長門の電波話を聞かされるために呼び出された光陽園駅前公園だった。 「何人やられた!?」 「三人掘られました!」 あのときの公園と違いがあるなら、銃を構えたおっさんたちが気狂いピエロどもと交戦の真っ最中でとんでもない会話が聞こえてくるってことと、俺の目の前にローターを回しているでっかいヘリコプターがあることだ。 「学校の周囲はドナルドの密度が濃すぎて戦車にでも乗らないと接近は危険です。自衛隊の戦車が到着すれば良いのですが、あいにく時間が無いので機関のヘリで空から向かいます。実のところ、空も安全ではないのですが」 古泉が空を見上げたので俺もつられて首を上に向けると、ちょうど空飛ぶUFOならぬ空飛ぶドナルドに追いかけられた戦闘機が火を噴いて落ちていくところだった。戦闘機はそのままビルに隠れて見えなくなり、数秒間をおいて轟音が響き渡った。闇夜にはジェットエンジンのものと思われる光点と、赤く輝いて飛行するドナルドが複雑な軌道を描いていた。おいおい、マジかよ・・・・・・ 「ヘリには航空自衛隊のF-15と第七艦隊の空母から発進したF/A-18が護衛につきます。どうぞ大船に乗ったつもりでいてください」 「今のを見て安心できると思うか?もっと数字のでかい戦闘機を護衛につけろ」 「数字が大きくなれば強くなるというわけではないのですよ。そうそう、ヘリには長門さんも同伴してくれるそうです」 「そりゃ安心だ」 長門のチート能力ならこの異変だってささっと解決できるなって、それじゃあ全然だめだぞ。結果としてまたまた長門に負担をかけちまうことにわけだからな。傍観者を決め込んでいたら知らぬ間に世界を改変された身としては、あいつにかかるストレスは極力軽減してやりたいのだが、なかなかどうして思い通りにならないのだろうか。暴走させてつらい思いはさせたくない。かといって長門の力を借りないと世界は滅茶苦茶になりそうだし・・・・・・ええいくそっ!アーメン・インシャラー・ピーナツバター。どうせ下手の考え休むに似たり。もうなるようになりやがれ。この世にはベストの答えなんてないんだよ。肝心なのは開き直りってことだ。 こうして思考を停止した俺は古泉に導かれるままにヘリコプターのドアをくぐったのだった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5818.html
しばらくして食事を食べ終える古泉と朝比奈さん。再び話は再開する。 「さて、長門さんはようやく【過去】の話を終えたわけですが…ということは、 今度は何を話すか…大体予想はつくでしょう。洞察力の鋭いあなたならね。」 別に鋭くはないがな。 「お前が【過去】って言葉を強調したことから察すると、今度は【今】についてでも語ろうってか?」 「ご名答です、さすがですね。これから話すことは事態の核心に迫る代物です。 少し気を引き締めて聞いてもらえると嬉しいです。」 まあ、もとからそのつもりだ。 「いきなりですが、【フォトンベルト】という言葉をご存じですか?」 「本当にいきなりだな…ああ、聞いたことはあるぞ。よくテレビの怪奇特番だので、 最近おもしろおかしく扱われてる題材だろ?」 「その通りです。ではフォトンベルトについて、あなたはどこまで知っていますか?」 「んなこと言われてもな…聞いたことがあるってだけで全然詳しくはないぞ。 確か地球を滅ぼす類のものだったような記憶が。」 「それを知っていれば十分です。おそらく今から話す内容も、あなたなら差し支えなく理解することができるでしょう。」 「ならいいんだけどな。で、いい加減フォトンベルトとやらがハルヒとどう関係があるのか話してくれないか。」 「では、まずフォトンベルトの定義についてあなたに説明したいと思う。」 再び長門先生の出番だな、よろしく頼むぞ長門。 「フォトンベルトとは、銀河系にあるとされている高エネルギーフォトン、即ち光子のドーナツ状の帯。」 いきなり高度な説明がきたな。 「要は光子の集合体ってことか?」 「その認識で問題ない。話を続けるが、太陽系はアルシオーネを中心に約26000年周期で銀河を回っており、 その際、11000年毎に2000年かけてそのフォトンベルトを通過するとされている。」 「すまん長門…アルシオーネとは何だ?」 「プレアデス星団の中心的な星の呼称。」 「また質問してすまんが…プレアデス星団とは??」 「銀河系に属する新しい星団のこと。地球からおよそ10光年の距離にある。」 なるほど、わかりはしたが…なんとも掴みどころがない感じで 正直イメージし難い。 宇宙に関する知識があまりない俺には必然事項か。 「何やら苦しんでいる様子ですね。」 そりゃそうだろ古泉… 一端の高校生が大学で習うような 天文学的単語を聞かされているんだ。無理もないとは思うがな。 「できる限りわかりやすく説明するのであれば、初秋の夕暮れ時…東の空にて見られる青白い星の集団、 それがプレアデス星団です。我が国ではスバルと呼ばれ古くから親しまれています。 あなたも、この名前くらいはどこかで聞いたことがあるのでは?」 そう言われればなんとなくわかる気はする。 いや、やっぱりわからん。 「…長門よ、フォトンベルトについてもう少し詳しく説明してくれないか? ハルヒと関係があるない以前に俺があまりに無知すぎて、そもそも判断ができん。」 「了解した。では、まず【フォトン】について細かく説明したい。フォトンとは光エネルギーのことで、 粒子であると同時に電磁波としての性質を持っており、日本語では光子と訳されている。」 つまりは光エネルギーってことか。 「ところで、酸素や水素などの元素は原子から出来ていることはご存じ?」 「…いくらなんでもそれくらいはわかるぜ。授業でも習ったしな。」 「これらの原子の中心に陽子と中性子からできた原子核があり、その周りを電子が回っている。 この電子とその反粒子である陽電子が衝突すると双方とも消滅し、2個または3個のフォトンが生まれることが 知られている。地球上にはこうして生成されたフォトンの他に、太陽から飛来したフォトンが存在している。 太陽内部の核融合反応によっても生成された厖大な量のフォトンは地球に向かって放射され、 その一部は地球大気の吸収や散乱などを受けながら、粒子の状態で地表に達している。」 すまん長門、後半ほとんど聞いてなかった…この場合、この聞くという動詞には 英語ならばcanがついているところだろう。聞いていないのだから、即ちcan tだ! 「つまりこういうことだろ?さっきお前が言ってた10光年離れたプレ…プレなんとか」 「プレアデス星団。」 「そう、それそれ。そこに今言ったフォトンとやらが密集してる、それがフォトンベルトってことなんだろ?」 「そう。」 何だ、案外フォトンベルトって簡単じゃねえか。難しく構える必要もなかったな! …こういうときハルヒがいてくれれば俺に厳しいツッコミをしてくれたものを…。 『何得意げにアホ面してんのよこのバカキョン!?ただわかった気になってるだけじゃないの?』との侮蔑に対し、 『調子のってすみませんっした。』と、面白くもないコントを繰り広げていたであろうことは安易に想像できる。 今となってはノリツッコミで悲しいだけだが。とりあえずだ、フォトンベルトをイメージとしてだけでも 捉えられるようになったのだから、俺にとってはそれでもう十分だろう。俺にとっては。 「ただ、地球のそれとは桁違いの量のフォトンが充満している。」 え?地球にもフォトンとかいうのはあったのか?あ、もしかしてさっきの話にあったのか…聞いてなかった。 それより今話すべきは… 「ええっと…そんな桁違いのフォトンが集まってるフォトンベルトってのはあれか?危険な存在ってことなのか?」 「少なくとも、人類にとってみれば、あまり好ましいものではないと言える。」 俺が以前テレビ特番で見たように、フォトンベルトが地球滅亡と結び付けられていた理由も 今ようやくわかったぜ。そんな複雑な事情があったとは。 …ん?待てよ。 「だがな、長門。少なくとも俺が見た番組内では、否定派が肯定派を圧していたぞ。否定派からすれば フォトンベルトの危険性とかいうのは… 一部の疑似科学信仰者やオカルティストが存在と影響を主張するだけで 科学的根拠はないとか何とか。現にそう言っていた科学者もいたようだし…このへんはどうなんだ長門?」 「確かに、フォトンベルトというのは物理法則的にはありえない。なぜなら、そもそもフォトンは光子であり フォトンの帯が形成されることは基本ない。それに加え、太陽系は銀河系中心に対して約2億2600万年周期で 公転しており、プレアデス星団を中心に回るということは考えられない。実際に26000年周期で太陽系が 銀河系を公転したとすると光速度を超えてしまい、即ち特殊相対性理論に反するのは必至。 仮にプレアデス星団を中心に回っているとすると、そこには銀河系を遥かに上回る質量がなければならない。 フォトンベルト説では地球がプレアデス星団の周りを回っている説と、わずか26000年で銀河を回るという二説が それぞれ矛盾する、にもかかわらず併記されていることが多い。よって、フォトンベルト説が 暴論だと捉えられても無理はない。」 なるほど、全くわからん。 とりあえず…だ。フォトンベルトとやらが存在しえない産物であろうことだけは何となくわかった。 「フォトンベルトが存在するかどうか怪しいものなんだとしたら、なぜお前や古泉は執拗にフォトンベルトについて 俺に詳しく説明してくれていたんだ?おまけにだ、お前さっき『人類にとってみればあまり、好ましいものではない』 とか言ってなかったか。それを言うからには何か根拠があってのことだよな?一体どういうことなんだ?」 「涼宮ハルヒの能力が関与すれば、強引にでもそれらの物理法則を捻じ曲げることは可能。」 ??なぜそこでハルヒがでてくる?? 「涼宮ハルヒが、無意識であっても再び世界が滅ぶことを望めば… 存在不確定のフォトンベルトを実在するものとして、物理法則を無視して作り上げることは可能。 なれば、フォトンベルトが人類にとって最悪の方向へ向かうのは必然。」 なんてむちゃくちゃな…科学万能説終了のお知らせ。そうか、そういやハルヒには 願望を実現させる能力があったんだっけか…それなら可能っていう話もわかる。だが 「何をバカなことを言うんだ。ハルヒが世界を滅ぼす?あいつがそんなことを 思ってるとでもいうのか?いくら常人離れしたやつとは言え、そんなこと望むはずがないだろう??」 「あなたがそう言いたくなる気持ちもわかります。しかし、あなたにはついさっき長門さんが 話してくれたばかりなんですがね。涼宮さんが過去に何度も世界を滅ぼしたことがある、ということを。」 ッ! …なぜ俺はあのとき、こんな当たり前の質問を思いつかなかったんだろうかと思う。話の複雑さゆえに 思考がよく働いていなかったせいなのか?…何にせよ、今なら俺はこの質問を投げかけられる。 「そもそもだな…ハルヒはどうして世界を滅ぼしたりなんかしたんだ?」 根本的な疑問である。事の根幹を成す疑問である。これが解消されなければ… とてもではないが、俺は平然としていられることはできなくなるだろう。 「神だから…としか言いようがないのではないですか?」 …ハルヒが神みたいな存在だってことは認めてやる。長門の一連の話を聞いても、 尚それに抗うような野暮な人間では俺はないんでね。だがな…神であったとしてもだ、 それは全然理由になってないんじゃないか古泉?神だから滅ぼすだと?一体どういう理屈だ。 「本質的な理由はもはや本人以外には知りようがないでしょうね。ですから、憶測を挟む余地が あるのだとしたら、もはや我々には『神だから』という稚拙な理由でしか返答できないんですよ。」 だから、その『神だから』の意味がわからないんだが… 「涼宮さんが地球を滅ぼした時、世界はいつもどういう状況でしたか? 長門さんの説明を思い出してみてください。」 「…人間が私利私欲に走った挙句、戦争を起こしたんだよな。覚えてるぜ。」 「その通りです。ならば、世界の統治者とも言える神が…そのような世界を望んで維持させようとは思いますか?」 「…だから滅ぼしたってのか。」 「神という存在の捉え方にもよりますがね。争いが無く人々が幸せに暮らせる世界… 恒久平和が続く完璧な世界を創りあげたかった…のではないか。僕はそう考えています。」 …確かに、ハルヒがそういった類の理想郷を構築せんと邁進していたであろう事実は 長門の説明からみてとれる。その瞬間だったか、俺の中に新たなる疑問が生まれる。 「…ハルヒは第一、第二、そして第三世界時においては自分が神だっていう自覚はあったわけだよな? まあ、もともとが神の分身だったらしいから当たり前っちゃ当たり前なんだが。それでだ、なぜ今のハルヒには その自覚がない?そして、なぜ神という自覚がないにもかかわらず、フォトンベルトに干渉できる?」 「涼宮さんになぜその自覚がないのか…それについては返答しかねます。しかし、涼宮さんが 徐々に神としての意識を取り戻し…そして、それが何らかの経路で深層心理に働きかけていたとしたならば… 無意識にでも能力は発動し得ます。無意識にでも。それは、あなたが一番よくご存じのはずです。」 「ああ…確かに、あいつはそんな芸当が成せるやつだよな。それなら、いつからあいつにそんな自覚症状が 現れ始めた?いつ、そしてどういった契機でそうなったのか…それについては何か知ってるか?」 「涼宮ハルヒに異変が生じたのは昨日の…およそ午後6時15分あたり。」 なんだと??その時間帯って確か 「そう。涼宮ハルヒの意識が途切れ、失神した時間帯とほぼ同時刻。ならば、その時間帯にて 涼宮ハルヒに対し外部から何らかの干渉があったのは確実。肉体的打撃の痕跡がなかったことから、 重度の精神的ショックにより意識を奪われたと考えるのが妥当。」 「原因は??なぜそんなことに??」 「あの時間帯にて、私は微量ながら通常の自然条件においては発生し得ないほどの異常波数を伴う波動を 観測した。気になるのは、それが赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ線等、いずれにも属さない 非地球的電磁波だったこと。これら一連の現象が人為的なものであると仮定するならば、現在の科学技術では 到底成し得ない高度な技術を駆使していることに他ならない。その波動が涼宮ハルヒの脳波に何らかの影響を 及ぼし、結果として『自身は神である』というある種の覚醒を引き起こしたのではないかと私は考えている。」 …… 「そして、これはあなたの先程の質問に対する答えとなるが…涼宮ハルヒの全容を私が知ったのもこのとき。 卒倒時、涼宮ハルヒから膨大ともいえる量の情報拡散を確認、同時に私はその解析にあたった。ただし、 その情報量が私個人のスペックをはるかに凌駕するものであったため、大雑把な客観的事象を除いては、 私は解析を中断せざるをえなかった。即ち、私があなたたちに話した内容というのは非常に断片的なもの。 十分な情報摘出ができず、私は申し訳なく思ってる。」 …いや、むしろ俺はそれに対し感謝せねばならないだろう。断片的だったその情報に関してですら、俺は 理解が追いつかなかったのだから。それ以上の説明をされたところで頭がオーバーヒートしてしまうだけであろう。 「長門さんは、本当によく頑張ってたと思います!」 珍しく声を張り上げる朝比奈さん。一体どうしたのだろう? 「実はあのとき…彼女は」 「古泉一樹、朝比奈みくる。そのことは他言無用と言ったはず。」 「すみません長門さん。しかし、彼には伝えておくべきです。いえ、僕が彼に知っておいてもらいたいのです。」 「そうですよ!またあんなことが起こったらどうするんですか!? キョン君を心配させたくないって気持ちはわかりますけど…それでも!」 何だ何だ??長門に何かあったってのか?! 「実はですね、あのとき僕たちが止めなければ彼女は…ちょうど内部容量を超え フリーズしてしまったパソコンのごとく、二度と機能しない体になっていた可能性があるんですよ…。」 パソコンは電源を落として起動させればまた使えるようになる。しかし長門はどうだ? いくら情報思念統合体とはいえ、体は人間のそれと一緒なはず。そんな彼女がフリーズを起こしてしまったら…?! 「長門!?どうしてそんな無茶なことを!?」 おそらく長門のことだ…無理やりだとわかってても、なるべくなら 情報の取りこぼしは防ぎたかったのだろう。だが…それとこれとは別問題だ。 「以前言ったよな!?無茶はするなって…!何かあったら俺に言えって…!そりゃ、あのとき俺は ハルヒのとこに向かってていなかったし、仮にいたとしても俺のような一般人がその解析とやらを 助けてやることはできんかったろうが…そういう問題じゃねえんだよ!俺も、そして古泉や朝比奈さんもだが… お前の無理するとこは誰も見たくねーんだ!!ここにはいないがハルヒもな。だから…長門、俺に約束してくれ。 二度とこんな真似はしないってな。もしやるようなら…罰金だからな?それがSOS団ってやつだ。」 「…っ。」 罰金という言葉に反応したのか、それまで重かった(ように見えた)長門の顔色が不意に明るくなる。 「…わかった。私も、罰金は払いたくない。」 シャッターチャンスだったかもしれない。そう思わせるような…優しい表情だった。 …で、ふと思ったんだが…。 「もしそれが人為的なもんだったとしたら、犯人は未来人かもしれないってことか?」 「未来技術を応用しているのだとすれば、犯人が未来人であるという可能性は非常に高いと思われる。」 …… 俺は思い出していた…二日前、放課後にて俺の下駄箱に入っていた… 一枚の手紙に書かれていたことを。 『どうか、未来にはお気をつけください。』 ハルヒをこんなことにしやがったヤツは未来人ってことかよ。 あの手紙の意味がようやくわかったぜ…朝比奈さん大には感謝しねーとな。 ふと朝比奈さんのほうを見る俺。 「え、ええっと、キョン君??今の話だと犯人は未来人だとか何とかそういうことらしいですが、 決して私は犯人じゃないですよ?!?どうか信じてください…。」 涙目ながらに懇願する朝比奈さん。どうやらこのかたは何か勘違いをなさっているようだ…。 「誰も朝比奈さんが犯人だなんて思ってませんよ!?」 「…じゃあどうして今私のほうをジロっと見たんですかぁ…?」 う…これはまずい。朝比奈さん大のことを思い浮かべ、朝比奈さん小をついつい見てしまったなどとは 口が裂けても言えない。なぜなら朝比奈さん大のことは本人(小)には話さないようにと…以前彼女と そう約束したからだ。詳しい理由はわからんが…やはり大人となった自分に過去の自分が会ってしまう、 あるいは存在を認知されてしまうというのは、時系列上いろいろと問題が生じてしまうのであろう。 「いえ、この事件には未来が関与してるとか…そういったことが今しがたわかったので、 未来人である朝比奈さんは何かそういう情報を掴んでいないかなあと思って見たってだけの話ですよ。 何か知ってることとかありませんか?最近未来で不穏な動きがあったとか何とか。」 ふう、なんとか上手くごまかせたぞ。 「あ、そういうことだったんですね。…そうですね…不穏な動きですか…。」 「些細なことでもいいんです。何かありませんか?」 「…そういえば最近藤原君たち一派が事あるごとに時間移動していたのがちょっと気になります…。」 …やっぱりそうだったか藤原よ。一連の事件の一部始終がお前の差し金だったんだな。 まあ、朝比奈さん大と直接会って『藤原くん達の勢力には気を付けてください。』 と忠告されていた段階ですでに薄らと気付いてはいたんだが。 「長門よ、今朝比奈さんの言ったこと聞いたよな?ということは、犯人は藤原一派で確定か?」 「そ、そんな、時間移動といっても、もしかしたらそれは私のただの勘違いだったかもしれませんし、 たったそれだけの情報で藤原君たちを犯人扱いしてしまうのは…」 うーむ…朝比奈さん大にそう言われたと本人には言えないからなあ…苦しいところだな。 「もちろんその可能性もある。まだ確定したわけではないが、彼らを警戒するに越したことはない。 その場合、以前彼らと連動していた天涯領域や橘一派に対しても同様の措置をとるべきだと考える。」 長門の言うとおりだな。 「……」 何か言いたげな顔をしている朝比奈さん。一体どうしたんです? 「ええっと…犯人が藤原君たちでしろそうでないにしろ、 いずれにしても 犯人は未来人だっていうのはもう決まってるんですか?」 「可能性は非常に高いですね。」 「だとしたら、私にはなぜこんなことをするのか理解しかねます…。」 「?どういうことですか?」 「考えてもみてください。涼宮さんに神としての自覚を促すということは…つまり、この世界をもう一度 滅ぼしかねない可能性を与えてしまうってことなんですよ?当たり前のことですが、現行世界が消滅してしまえば つまりは未来だって消滅しちゃいます。私たち未来人からすれば帰る場所が無くなっちゃうんですよ。 にもかかわらずそんなマネをするなんて…あんまりこういう言い方はしたくはないんですけど、これじゃ 自殺行為と変わらない気がします…そういう人たちがいるのだとしたら、とても正気の沙汰には思えません…。」 肩を落として悲しげな表情をする朝比奈さん。やめてください、あなたにはそんな表情似合いませんよ…。 それにしたって、朝比奈さんの言い分も至極当然である。一体どういった目的でハルヒにこんなマネをしたのか? 犯人が未来人だったとしたなら、なおさら考えさせられるべき問題だ。 「古泉、理由に関して何か見当はつくか?」 「こればかりは僕にもさっぱり…最大の謎としか…。」 「そうか…長門、お前は何かわからないか?」 「古泉一樹同様、見当の余地もない。何より、現段階では情報が少なすぎる。」 誰にもわからない…か。それならいくら悩んだって仕方あるまい。 …そういえば 「なあ、長門。」 「何?」 「仮にハルヒに神としての意識が復活したとしても、ハルヒがこの世界を好きになれるように… 維持したいと思わせるように俺たちが働きかけることができるようなら、世界は消滅せずに済むんじゃないか? 原理的にはあれだ、いつぞやの閉鎖空間のときみたいにな。」 「…それは非常に厳しいと思われる。」 どうして!?と言いそうになったが改めて考えてみりゃ、ハルヒは過去三度も世界を滅ぼしてしまった 神様なわけで、そういう事例がある限り俺らがいくら説得したところで態度を変えるかどうかは… 常識的に考えたらそれは困難だろう。いや、困難どころか不可能に近いかもしれん。だが 「万が一にでも説得に成功すれば世界は崩壊せずに済む…そういうことだよな? 可能性がゼロじゃない限りは、希望はあるはずだよな?」 しかし、長門から発せられた言葉は…無機質で冷めていた。 「仮に成功したとしても、事態の解決は望めない。」 …… 一瞬『万事休す』という言葉が頭をよぎる。 …ちょっと待ってくれ… 本当にどういう状況なんだ?? 「涼宮ハルヒの能力は、あくまでフォトンベルトによる人類への悪影響を助長しているに過ぎない。」 わけがわからない。 「つまり涼宮ハルヒの能力の有無には関係なしに、 フォトンベルトは人類にとってマイナスベクトルへと推移している可能性がある。」 …え? 「お、おいおい…それじゃあアレか!?ハルヒが望むにしろ望まないにしろ… いずれにしても世界は滅ぶ運命にあると、お前はそう言いたいのか??」 「そういうことになる。」 「待ってくれ!?さっきハルヒの能力無しには地球崩壊の科学的根拠は成立しないって言ってたじゃねえか? それにだ、そもそもフォトンベルトとかいうのが存在するかどうかも疑わしいんだろ?ハルヒが望めば、 お前がさっき言ったように物理法則でも無視してフォトンベルトとやらを作りあげるんだろうが… 裏を返せば、つまり望ませなければ、そんなもんも誕生しないってことだろ?? それなのに、なぜお前はフォトンベルトがあること前提で話を進めているんだ??これじゃ納得できねえ…!」 「きょ、キョン君!落ちついてください!長門さんだって、私たちと気持ちは同じはずなんです!」 …… 朝比奈さんが叫ぶなんて珍しいこともあるもんだ。そのせいか…体から熱がひいていくのがわかる。 しまった…俺は熱くなり過ぎていた。無意識だっただけで、俺は長門に対して どことなくぶっきら棒な言い方になってしまってたんじゃないのか…? 「あ…すみません、出過ぎた真似でした…!長門さんにも…勝手に気持ちを代弁しちゃってごめんなさい…。」 「いい。私もこの世界は安寧であってほしい。それはあなたたちと同じ。」 「朝比奈さん…むしろ言ってくれてありがとうございます。おかげで冷静さを取り戻せました。 それと長門…ゴメンな。お前を問い詰めようとか、そういうつもりはなかったんだ。」 「わかってる。言うなれば、【フォトオンベルト】の定義を曖昧のままにして話していた私のミス。 存在の確証も無しに【フォトンベルト】という語源を安易に会話に使用していたのは相手に誤解を招くには 十分な行為であり、私の不覚といたすところ。従って、次回から私の言う【フォトンベルト】とは、 あくまでそれに類似した何かであって、いわゆる一般的に厳正定義されているフォトンベルトとは 差別化することをあなたに伝えておく。これでいい?」 「つまり長門さん、こういうことですよね。確かに、『いわゆる肯定派が唱えるフォトンベルト』が 存在する確証などどこにもない。しかし、フォトンベルトに近しい何かが太陽系全体に接近しているのは 紛れもない事実であり、いくつもの科学データがそれを証明している。そして、その事実が地球に 害を及ぼしかねない可能性を示唆している。」 「そういうこと。」 古泉がフォローに入ってくれた。なるほど、なんとなくだがわかってきたぞ。つまりフォトンベルトではなく、 近しい別の何かと考えればいいんだな。ただ、その近しい別の何かの具体的呼び名が今はない。 ゆえに、とりあえずは暫定的に【フォトンベルト】という呼び名でこの場は定着させましょうということだ。 …… って、近しいって何ぞや?? 「長門、近しいって何ぞや??」 反射的に心の声がダイレクトに出てしまった。だってその通りなんだから仕方ないじゃないか! そうだろう??ただでさえフォトンベルト自体が意味不明なのに、それに近しいって一体全体何なんだ?!? 「フォトンは先述したように…」 しかし、そんな俺のふざけた口調にもかかわらず長門は黙々と答えてくれている。 何も反応がないってのも…それはそれでちょっと悲しいもんだな…。いや、待て 一瞬だったが、俺は長門の口がにやけたのを見逃さなかった。 「電子と…反電子の物理、的崩壊によって…」 言い方も何かもぞもぞとしておかしい。確信した、長門は間違いなく俺の『何ぞや』に受けている。 なんとも、世の中には変わった笑いのツボをお持ちのかたがいるもんだ。 「長門…そんなに何ぞや?がおかしかったのか?」 「今話してる途中…というか、そんなことはない。」 「無理しなくていいんだぜ?」 「そんなことはない。」 「ホントか?」 「そんなことはない。」 「やっぱ面白かったんだろう?」 「そんなことはない!」 !? 「おやおや、キョン君も人が悪い。まさか女性を辱めて悦に浸る趣味をお持ちとは、思いもしませんでしたよ。 そのせいでしょうか、長門さんも随分とご立腹のようです。」 「そうですよキョン君。せっかく長門さんが一生懸命お話していたのに…そりゃ長門さんでも怒りますよ!」 なんということだ…長門には怒られ、古泉と朝比奈さんはその長門の援護射撃に入ってしまわれた。 さらば俺フォーエバー! 「…とにかく、話を続ける。」 「長門マジすまん、許してちょんまげ。」 「…今の…面白かったから…許す…っ。」 「キョン君、あなたは本当に何を言って…呆れて笑いが込み上げてきたではありませんか。」 「ちょ、キョン君、こんな重要な話の途中に何言って…くっあはは。」 朝比奈さんの言うとおりだよ。何言ってんだよ俺は…??ハルヒがいないからって テンションがおかしくなってるんじゃないのか??いや…こんな重たい話だからこそ 反動で笑いを取りに行ってしまったのかもしれない。何にせよ、こういう空気もたぶん必要…だと思う。 「本当に話を戻す。フォトンは先述したように電子と反電子の物理的崩壊によって生まれた光の粒子だが、 人間が一般的に知る光とは異なり、多次元の振動数を持つ電磁波エネルギー。したがって大量のフォトンに さらされたとき、真っ先に重大な影響を受けることになるのは地球の地磁気や磁気圏…最も深刻な影響は 地球磁場の減少。19世紀初頭以降、その動きが活発化。その減少率が……」 話は続いた。 その後も長門から様々な科学データの提示、説明を受けた。地磁気減少による地球被害はもちろん、その他にも 太陽系惑星が総じて地球と同じ温暖化現象にあるということ、天王星や海王星でポールシフト即ち地軸移動が 起きたということ、土星や金星の明るさが劇的に増しているということ、周期的に沈静化するはずの太陽黒点が 一向に衰えないということなどなど、それはそれは幾多の情報処理に膨大な時間を削られたさ、ああ。 …… ふう… あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ …と発狂したくなるところだったが、俺にも人並みの精神力がある。心の中では叫んでいても、 実際それを口に出したりはしないさ。つまりである、俺は長門や古泉による複雑怪奇&高度な説明を 長時間に渡って聞き続け、すでに俺の脳内は限界に達してしまっているのである。言わずもがな、 思考回路も悲鳴を上げてしまっている。このままではまずい…俺は古泉に渾身の一言をぶつける。 「古泉、休憩をとらないか?」 「奇遇ですね。実は僕もあなたと全く同じことを考えていたところだったんですよ。」 話に夢中だった俺は気付かなかったが…いつのまにか古泉の顔も、俺に負けんと言わんばかりの 疲弊具合ではないか。そして、朝比奈さんも朝比奈さんで同様の様子。 そうか、みんな疲れていたのか。そりゃ無理もないさ。 「食事を食べ終えた後ですし、ここはみんなでデザートでも取りませんか? 甘い糖分は思考を活性化させてくれますし、気分転換も兼ねて一石二鳥というものです。」 良いことを言うじゃないか古泉よ。いい加減何か甘いもんが欲しかったところだ… 疲れを癒すためにも、俺はこの久々のくつろぎ空間を思う存分味わうことにしよう。 注文を聞きにこちらへとやって来る店員…まあ、つまりは森さんなわけだが。 「私はバニラカフェゼリーでお願いします♪」 「そうですね…では僕はチーズケーキを。」 「私は白玉アイスを希望する。」 「俺はチョコレートパフェで。」 「バニラカフェゼリー、チーズケーキ、白玉アイス、チョコレートパフェをそれぞれ一つずつですね。畏まりました。」 颯爽と去っていく森さん。これで数分後には美味しいデザートにありつけるというわけだ…。 「おやおやキョン君、早く食べたそうな感じですね。」 「当たりめーだろ。そういうお前も同じ穴のムジナだ。」 「バレてしまいましたか。腹が減っては戦はできぬとは、よく言ったものです。」 戦じゃなくて話し合いだけどな…まあ、いずれにしろ疲れることこの上ないが。 「私も早く食べたいですうぅ…。」 干からびたかのごとくぐったとしている朝比奈さん。待ち遠しい気持ちは十分わかりますよ。 「長門、お前はいつもながら平静を装ってるわけだが、やっぱりお前もデザートが待ち遠しいか?」 「待ち遠しいか?と聞かれれば、間違いなく今の私は『はい』と答える。」 つまり待ち遠しいんだな。 そんなこんなで、ゾンビのごとくうなされていた俺たちのもとに… 5分後くらいであったろうか、ようやく希望の品が届いたのであった。 「ゆっくり召し上がってくださいね♪」 またまた颯爽と立ち去っていく森さん。言われなくともそうしますとも。 …… 口の中にゆっくりと広がる甘いチョコの味…くうぅぅ!これはたまらん。 状況が状況だっただけに余計に美味しく感じるぞ。 「ああ…幸せです♪」 「さすが新川さん、良い仕事をしてますね。」 朝比奈さんも古泉も甚だしくご満悦の様子だ。 「いつか…。」 ん?何か言ったか長門? 「私もいつか、こういうアイスのような…美味しくて甘いデザートを作れるようになりたい。」 !? … 一瞬びっくりしたぜ。お前がまさか、こんな女の子らしい言葉を口にするなんてな。 お前の料理熱はカレー方面だけかと思い込んでいた俺だったが…どうやら料理全般に興味があるようだな。 一体いつのまに…?いつの日か、お前がデザートを作れる日を心待ちにしてるぜ。 さてさて、二重の意味で甘い時間を堪能していた俺たちであったが、いつまでもデザートに 甘んじているわけにもいくまい。本当は延々とのんびりくつろいでいたいが…ココに来た本当の理由を 忘れちゃいけねえからな。ハルヒの今後がかかってる重要な会議ってことくらい…いくら怠慢な俺でも 常時頭の隅っこには入れておいたさ。そもそも、ファミレスでこんな深刻な話をしていたこと自体、 客観的に考えれば信じられないことこの上ないが…とりあえず、話を再開させるとするぜ。 しんどいが、これもハルヒのためだ。 「で、他に何か俺に話さなきゃならんことはあるか?」 「実はですね、これと言ってあなたに話さねばならないことはもうないのですよ。」 「何、そうなのか?」 「ええ、そうです。実に長きにわたって頭が痛くなるような話を聞いていただいて…本当に今日はお疲れ様でした。」 「…いやいや、お前も説明いろいろご苦労だったぜ。」 「それはどうもです。…そうですね、何か我々に尋ねておきたいことはありますか? その質問に応じて、今日はお開きにしたいと思ってます。みんな疲労困憊のようですしね。」 尋ねたいこと…と言われてもだな、俺が今日どんだけ長門先生にご師事を受けたと思ってんだ… 彼女が一連の説明において、何か取りこぼしているようには全く思えない。ゆえに、俺には 質問すべきことなど何一つ残されてはいないのである。よし、それじゃあ今日はこれでお開きとするか。 …… …? …何か喉につっかかる…はて、一体これは何だろうか。 疲弊しきった頭をフル動員させ、その違和感を探索すべく渾身の力を振り絞る俺。 …… 夢… そうだ、夢のことだ…! 「みんな、ちょっと俺の話を聞いてくれ…。」 俺は話したのだ。そう…昨日、一昨日と…俺が夢の中で一部始終見ていた惨劇を。もちろん、 話したのには理由がある。長門や古泉から今日受けた話と俺が見た夢との間に、随分な数の類似点を 見出したからだ。聞いてるときに感じたデジャヴ感とは、このことだったんだな。 …… 「なるほど…確かにその夢はいろいろと筋が通ってます。例えば地球滅亡の様子においては 火→氷→水と…見事に涼宮さんの第一、第二、第三世界崩壊の末路と被っていますね。 そして水に包まれた後、地球が消滅…正しくは見えなくなった…そうですよね?」 「ああ、そうだ。」 「それも実は説明がつくんですよ。フォトンベルトの作用に照らし合わせればね。」 何、あれはフォトンベルトによるものだったのか?? 「そこのところを詳しく説明したいと思う。実は、地球はフォトンベルトの周辺部にあるヌルゾーン と呼ばれるエリアに突入する際、暗黒の中で星さえ見ることが出来ない状況に置かれる可能性がある。」 「暗黒?まさか地球が見えなくなったのはそのせいか…?で、それは一体どういう原理だ??」 「光子の影響で太陽光が視界から遮られる状況に置かれるから。 光源体が無ければ、人は物を識別することはできなくなる。」 「太陽光が全く当たらなくなるだって?それはあれか?例えばある場所が昼時ならば、 その地球の反対側に位置する場所は夜だとか…そういう当たり前の話じゃないってことか?」 「そう。地球の球体全てが暗闇に包みこまれる…そして、太陽光が当たらなくなった際には 地球全土で寒冷化現象が起こり、瞬く間に地球は極寒の地へと変貌する。」 恐ろしい事態だなそりゃ… 「それだけではない。地球の電磁気フィールドがフォトンエネルギーによって崩壊させられることにより、 あらゆる電気装置が操作不能となる。もちろん、人工的な照明器具類も一切用を足さなくなる。」 「つまり…完全なる暗闇…ってわけか。」 「そういうこと。」 …… 万が一にもそういうことになれば、本当に地球は終わってしまうではないか。 「ちなみに…フォトンベルトに完全に突入するとされる時期はいつ頃かわかるか…?」 「今年2012年の12月23日だと推定される。その場合、翌日24日までに第四世界の崩壊は完了される。」 …… 俺が二日前に見た夢の世界での日付を俺は覚えている… ああ、長門の言うとおりだ、確かに12月23日だったよ…あの忌まわしい日はな…。 …なるほど、今の長門の説明で全てに納得がいった。 冬にもかかわらずの酷暑は地磁気の漸進的低下による環境変化のせい… 有り得ない規模の大地震は地球の磁場が消滅したせい… 助けを呼ぼうにも携帯電話やラジオが全く機能しなかったのは光子による電磁波のせい… ハルヒを見つけた際に辺りが真っ暗になったのは太陽光が遮断されたせい… その直後に急激に冷えだしたのは寒冷化のせい… …… あの夢は…まさか予知夢だったとでもいうのか?じゃあ、まさか本当にあんな出来事が後一カ月ちょいで… いや、ふざけんじゃねえ…!?指をくわえて、家族や友人が死ぬのを待ってろってか? 「そんな未来、俺はぜってぇ認めねえ…。」 「何一人でいきりたってるんですか貴方は。『俺』じゃなくて『俺たち』でしょう?」 「そうですよ。私たちも協力しますから!絶対にそんな未来になんかしちゃいけません…!」 「もちろん、私も協力する。」 「みんな…ありがとう」 本当に良い仲間に恵まれたと思う…俺は。 「…それにしても、どうしたって俺はあんな夢を見ちまったんだ? 予知夢にしたって、俺にはそんなもんを見れる特異体質だの何だのあるわけでもない…。」 「…これは僕の推測ですが。おそらく、あなたに未来を見せたのは涼宮さんの力によるものでは? 一度目、そして二度目の夢にも際して涼宮さんの…助けを求める声が聞こえたらしいじゃないですか。 それが何よりの証拠かと。」 …… つまり、ハルヒは俺に助けを求めていた…? 「無意識ながらも神としての自覚を取り戻しつつあったのなら… キョン君に地球の崩壊を止めてほしかった…からじゃないかな?私にはそう思えます…。」 朝比奈さんの言うとおりなのだとしたら、俺が翌日ハルヒに対して思っていたことは 杞憂でも何でもなかったことになる。俺の読みは間違っていはいなかってことかよ… できればはずれてほしかったがな。まあ、もはやそうも言ってられまい。 「とりあえず俺のことはこれで置いといてだな、これから俺たちは何をすればいいんだ? どうすればハルヒと…そして世界を救える?」 「有効な策が現時点では思いつかない…というのが実状ですね…情けないですが。」 「そうですね…相手が未来人なのなら尚更です。万が一にも追い詰めたとしても、時間移動されてしまうのが オチでしょうし…それに、まずどこにいるのかもわかりません。他の時間平面上に潜んでいて、涼宮さんに 干渉する時にのみこちらの時間軸に顔を現したりするようでしたら、こちらからは何も手が出せません…。」 「つまり…ハルヒの近くに連中が現れるのを待つしかない…と?」 「端的に言えばそうなる。」 「少しばかり悔しいですがね。こればかりはどうしようもありません。」 古泉、長門、朝比奈さんの言うことに倣うのであれば、つまり、今俺たちにはハルヒを見守ってやることしか できねえってことか…納得いかねえが、しかし仕方ないことなのだろう。その代わり、連中が現れた際には 全力をもってハルヒは守るつもりだがな。よしんば、ヤッコさんも袋叩きにできれば言うこと無しだ。 …ああ、わかってるさ、そう簡単に上手く裁ける敵じゃねえってことくらいな。なんせ相手は未来人だ。 でも俺には頼れる仲間がいる…そう思えば少しは気が楽になるってもんだろう…。 そんなこんなで今日はお開きとなった。言うまでもないが、俺は今から家に帰って睡眠をとる必要がある… いくらハルヒを守ると言えど、万全な体調で挑まねばそれこそ意味がない。万一にも思考回路が働かない などという事態に陥れば、それこそ本末転倒であろう。それに、一旦長門たちの話を整理する時間も必要だ。 時計を確認する俺。時刻は…朝の6時10分か。なんと、俺たちはいつのまに こんなにもの長時間を会話に費やしていたというのか?時の経過は早いのだとつくづく実感する。 疲労した体で家に戻った俺は、早速ベッドに横になった。今すぐにでも眠りそうな勢いである… 昼夜逆転してしまったが、一日くらいどうってことないだろう。ハルヒのためだと思えば何ら惜しくはない。 …… 寝る前に俺は夢のことに気づく。そういえば、またしても俺は何かしらの夢を見てしまうのであろうか? 昨日、一昨日と、見た内容が内容なだけに寝るのが恐ろしく感じられるが…しかし、 古泉や朝比奈さんの言っていたように、あれらがハルヒの俺に対する何らかのメッセージなのだとしたら… 俺はそれから目を逸らすわけにはいかないだろう。というか、そんなことは許されない。 …意識が薄れていく。そろそろ眠りに入る頃合い…か。 ま、覚悟はできてるぜ。どんな夢でもかかってこいや。 俺は ゆっくりと目蓋を閉じた
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4558.html
そんな感慨を抱きつつ、放課後、文芸部室。 今週の頭に生徒会から突如として課せられた、というかハルヒが課したポエム創作に紛糾していたSOS団員であったが、本日その内の二人の悲鳴は安堵の溜息となって開放された。 一人はもちろんであろう古泉だ。 そして残す一人は長門……ではなく、朝比奈さんである。 それぞれの詩を端的に紹介すると、古泉のはこいつが超能力者になる以前、自分の胸に秘めていた世界に対する本音を夢見がちな視点から書き綴ったもので、つまり少年の頃に密かに抱いていた願望をポエムにしたものだった。 朝比奈さんのはテーマが未来予想なものであるにも関わらずほとんど創世記のような内容で、後半に少しだけ未来の世界像が抽象的に書かれているという感じであった。俺の読解によるところでは、本来人間は諸々の管理や調整を行うために生まれており、未来では自然と人間の調和が実現するといった隠喩が含まれているようにとれた。ためしに朝比奈さんに聞いてみると、 「んっと、これはただのポエムですから♪」 不用意に禁則事項ですと言わないのが、きっとこの一年で成長した所なんだろうね。俺としては、この人には成長して欲しくないような、成長して欲しいような複雑な心境である。 あとこれは余談だが、古泉のポエムを読んでいると俺には短パンでタンクトップというよりはランニングシャツ(もちろん白)で野原を駆け巡る古泉少年の姿が脳裏に浮かんでしょうがない。 何故ならポエムの内容がヒーロー戦隊隊員に志願希望であるとかスクールライフにはシリアスさとピュアラブコメディを求めるとかいったえらい純朴な要望的願望なのだ。 そしてこれらは殆ど叶っているようなものなのでおめでとうと言いたいが、ピュアラブコメディなんぞをやっていたら俺は古泉の後頭部を狙ってウイリアム・テルをしなければならん。 ……そういえば、こいつは昔天体観測が趣味だったとかも言ってたし、筆致もあまり勉強してない子のように乱雑であるので、ひょっとして仮面を脱いだら無邪気で裏表のない明朗快活野郎になるんじゃないだろうか。もしあのツラでそんなコンスティチュエントがあった日にゃあ谷口の立つ瀬はナノメートル単位すらなくなっちまうな。というか、俺含めほぼ男子全員が例にもれず。 しかしまあ、現在の裏がありそうなスマイル古泉のスタイルもこれはこれで小憎らしい。この自称仮の姿は機関とやらの厳しい特訓で培われたものなんだろうか? 勉学も短期間で必死に習得したゆえに、紙相手の問答には優秀だが対人戦になるとてんでダメになるのかも知れんな。 ……などと、俺が取りとめのなさ加減にも程があるといわんばかりの思索をしていると、二人分の原稿の提出を受けて上々気分のエセ編集長が意気揚々と、 「キョン! それに有希っ! 残すはあんたらだけよ! ほら、早く書くのっ」 いやだからポエムなんてのは自主創作であるべきなんだし、詩的センスも恋愛経験も皆無な俺にはどうやったって恋の詩など書きようがないっての。 という文句を目で訴えつつ「ああ」と生返事で答え、 「…………」 無言で読書をしている長門に視線を流した。なぜこいつはポエムを書かずに読書などをしているのかといえば、「詩など書かん」という抵抗の意思を体で表しているわけではなく、読書物が前回の会誌であるため、恐らくは自分の小説を読み返して何かしらのインスピレーションを働かせようとしているのだろう。多分ハルヒもそう思っているから、その行動に待ったをかけないのだろうね。 「……長門の小説、か」 俺は知らぬ間に小さく呟いた。 題名のない、長門の小説。 およそ長門自身が主人公の物語で、物語にしてはオチがついていないような不思議な終わり方をしていた。 だがもっと不可解なのはその内容である。なんの隠喩があるのか、はたまた何の意味もありゃしないのか。長門のことだから意味がないというのは考えにくいのだが、しばしば長門が会誌を開いて読んでいる姿を見る度、なんだか俺は言い知れぬ不安を覚えてしまうのだ。 それは今も一緒で、俺の必然的に養われてきた長門観察眼が確かならば、長門の頭上には閃きを示すビックリマークではなく、 「はてな?」 という言葉と共にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見える。 ……長門、適当に思わせぶりだけしといて自分でも何がなんだか分からないなんてのはナシだぜ? それはまあ置いといて、最近の長門は少し気にかかる。単に宇宙人として弱体化しているからだとかいったことではなく、ただ、なんとなく行動が妙なのだ。まるで俺たちに何かを伝えようとしているが叶わないといった感じで。 もしかして周防九曜が言っていた、長門の中の止まった時間ってのに何か関係が……。 ん、そうだった。この話はまだしてなかったな。前の分の回想だけでは消化不良な部分も多々あるので、今からあれに続く話である、後日の喫茶店での佐々木たちと俺たちの会談を思い返してみようと思う。 そこには喜緑さんではなく、病床から復帰した長門が列席している。俺たちは安静にしているよう諭したのだが、長門は今回の事件の際に自分が倒れていたのを申しわけなく思っていたらしく、「今度は私がみんなの側にいる」と言って聞かなかったのだ。 そして話は、みんなが喫茶店に揃い、それぞれ並んで席に着いたときから始めることにしよう。 俺たちとテーブルを挟んで相対した佐々木たちは、佐々木以外、三者三様の沈黙を貫いていた。言葉が出たのはウェイターに飲み物を注文した古泉の台詞程度で、それからしばらく沈黙が続き………… 「キョン、先日はすまなかった。最後の最後で取り乱してしまって。つくづく己の精進不足に気が滅入るところだ。なにかキミに対して非常に身勝手な言葉を漏らしてしまったように思い返されるんだが、本当にキミには平身低頭して詫びるよりない」 沈黙を破って佐々木が発した言葉に不意をつかれた俺は、「んぁ」と言葉にならない声を漏らし、 「……佐々木。それはお前が気にすることじゃない。謝るのもこっちだ。それにさ、そこらへんについてはもう言わなくたって、お互い何を考えてるかはもう解ってるんじゃないか?」 佐々木はくっくっと可笑しそうに笑い、 「そうだねキョン。このまま続けていると、また押し問答になりそうだ。よかろう。理解した。だがね、最後に一つだけ言わせてもらうよ」 と、佐々木は微笑みを崩さぬままSOS団全員をするりと見回し、 「みなさん。今回は私のせいで迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい。そして……」 ちらりと俺へ目配せした後、お辞儀をしながら、 「ありがとう」 言い終えて顔を上げた佐々木の表情は心の底から澄み切っているような輝きに満ちていて、そんな佐々木の静やかな笑顔に、俺は自分の胸の内で何かが呼応したような心地を漫然と覚えていた。 そして俺の隣の朝比奈さんはあわてるように、 「わわっ、迷惑なんてそんな……とんでもないです。それに、これは……」 と藤原を見て沈黙した。続いて、通路から見て席の一番奥に据わっている古泉が、 「僕にも佐々木さんから謝辞を賜る資格は到底ありません。僕が所属する機関も、こうなる前にもっと貴女に対して目を向けるべきだったのですから。勝手ですが、これからはそうさせて頂くことにします。ね? 橘さん」 そう如才なく言い放つと、恐縮という言葉をこれでもかと体現しながらうな垂れている橘京子に右手を向けた。 「彼女は事情により、僕たちの機関を手伝って頂くこととなりました。経緯についてはご自分でお話しされますか?」 こくんと首肯する橘京子の挙動には、思わず「大丈夫か?」と気遣ってしまうような愁傷さが溢れている。 「……佐々木さんの閉鎖空間の消滅と一緒に、あたしたちの能力も消失してしまいました。多分、もう佐々木さんの閉鎖空間が発生することはないと思います。なので、あたしたちの組織には、もう存在する理由がありません」 だからって、そんなに落ち込むことはなかろうに。 「あ、いいえ。それで落ち込んでいるんじゃないの。ただ、あたしたちは利己性を否定しながら行動していたのに、むしろ誰のことも考えていなかったという事実に対して申しわけなく思っているのです。あの頃はあれが絶対に良いことだって信じてやまなかったんだけど、終わってみればあたしは佐々木さんを傷つけただけでした。……本当にごめんなさい」 ズズンと背景の暗闇を重くさせる橘京子に俺は少々憐憫の情を抱き、古泉は「続きを」と促した。橘京子は首がそのままポロリといきそうなほど力なく頷き、 「……あたしの組織の一部は、あたしを含めて古泉さんの機関に併合させてもらうことになりました。これからあたしは、佐々木さんの傍にいて心のケアをしていく役目を果たそうと思います」 言葉を終え、再びシュンとする。外様大名というよりは、借りてきた猫ってところのような気がするね。 そんな橘京子の姿を見ていた古泉が佐々木に微笑みかけると、佐々木は応じたように、 「橘さん。お願いだから、そんなに落ち込まないで。それに、そんな形式的な関係はナシにしない? 監視されてるみたいで、逆に心がまいってしまうもの」 「ふぇ……」 橘京子は佐々木へと振り向き、その表情は今にも泣き出しそうである。佐々木は橘京子を見つめてニッコリと、 「だからね、友達。そんな関係として、私からもお願いして良いかな? これからもよろしくね」 「佐々木さん……」 クスンクスンと若干嗚咽をまじえながら、佐々木の言葉を受けた橘京子はすすり泣き出してしまった。背中でもさすってやろうかと思ったが、その仕事は隣にいる佐々木が担った。 ……色々あったが、これで橘京子に関しては一件落着だろう。 残るは、 「…………」 「――――」 もしかしたら長門と無言の会話をしているかもしれない周防九曜と、 「…………」 これまた無言で不機嫌そうに横柄な態度を取っている未来人、藤原だ。 俺が藤原を難渋な目つきで見ていると不意に視線がぶつかり、藤原は特に興味がないといった感じで面を返した。俺はなんとも居心地が悪くなったので、 「……藤原。聞きたいことがある」 「ふん」 鼻で返事をされてしまったが、聞きたい内容の重要度にくらべたらどうでもよく思えたので特に構わず、 「お前は天蓋領域……いや、周防九曜の存在に関して、一体どの程度まで知ってるんだ?」 「無意識概念集積体」 ――うん? と、SOS団の全員が一様に藤原の言葉の前に停止した。それにかまわず藤原は話を続け、 「あれに名称を付けるとしたら、そんなところだ。そちらの喜緑とかいう人形の操り主は……情報統合思念体とか言ったか? それの対極に位置するような存在だろう。情報統合思念体とやらが情報生命の連なりとするなら、あれは無意識の領域から発生した概念の集積物みたいなものなんだ。もっとも、結晶というよりは雲に近い。その性質上、無意識概念集積体の端末には思考するという観念と個別の存在に対する認識が欠如している」 ほう。と、俺と古泉は承知したように頷き、俺よりももっと良く理解しているであろう古泉が藤原に、 「……なるほど。彼女を見ているとそれも納得できます。しかしその物言いによると、あなたの未来には情報統合思念体が存在しないように聞き受けますね。そこはどうなのでしょう? ――それと、彼女たちを人形などと呼ぶのはやめて頂きたいのですが」 ……古泉がそんなことを言うってのは、こいつにはもうSOS団を裏切るかもしれないなんて懸念はないんだろうな。きっと。いや、確信を持って言える。ない。 古泉の質問と要求を受けた藤原は怪訝そうにしながら、 「……この周防九曜のような端末は存在するとだけ言っておこう。あれについて、僕が話せるのもここまでだ」 「ちょっと待ってくれ」 俺は言葉を挟み、 「お前、周防九曜の頭に妙な髪飾りを付けた後で指示を聞かせていたよな? あれはどういうことだ?」 「ふん。禁則事項だ」 「なっ……」 俺が言葉を失っていると、藤原は「ふくく」と笑いを堪えたような声を漏らし、 「……はっ。ふざけてないで、答えてやるとしよう」 ふざけるなこの野郎である。 「あれは無意識概念集積体の端末にこちらの意識を繋ぐ同期型装置だ。あの媒体には、人型端末の外的制御と個体が持つ情報操作能力を制限する働きがある」 「じゃあお前らは、そうやって周防九曜みたいなのを意のままに操って悪さをしてるのか?」 「悪さだって? はっ、笑えない冗談はよしてくれ。怒るしかなくなる。それに、キミは何もわかっちゃいない。端末を制御しているのは自己防衛のためでもあるんだ。それに一つ言っておくが、僕だってああいう風に人型端末を操るのは嫌いだ。まったく気分が悪い。だから任務が終わった今、既に周防九曜は僕たちの制御下には置かれていない」 俺はギョッとして、 「……悪い冗談はよしてくれ。俺がまたあいつに拉致られでもしたら、今度もお前が助けてくれるってのか?」 「こちらの関知するところじゃない。キミを助けるのに、もう理由はないんだ」 ……なんて奴だ。という驚愕をこれ見よがしに藤原に見せつけていると、 「話をちゃんと聞いていたのか? あの髪飾りには能力を抑制する効果があると言ったはずだ。それと同時に操り主からの接続も遮断している。つまり、こちらから干渉しない限りあれが何かをしでかす心配はないんだ。それに人型端末をその状態に置いておくのは、僕たちにとっては至って普通の対応だ」 そう言いながら隣に座っている周防九曜を一瞥し、 「――しかし、この端末はキミに対して関心を持っているみたいだな。まあ危険性はない。安心するといいだろう。せいぜい付きまとわれる程度だ」 待て、そういうのはストーカー被害っていうんだぞ。夜にうなされそうじゃねぇか。不眠症になったらどうしてくれる。 「僕が知るか。勝手にうなされでも、不眠症にでもなってりゃいい」 ……まあ確かに、藤原に訴えたとしてどうにもならない気はしている。だがそれでも、周防九曜本人に言ったところで更にどうしようもないだけだし。まったく、俺はどうすりゃいいんだろうね? 俺がやれやれとばかりに嘆息していると、突然横から、 「それなら、私に任せてください」 最近になって特に聞き慣れた声だった。俺はその声の発信元を視認して、 「……喜緑さん?」 「ご注文の品をお持ち致しました。皆様どうぞごゆっくりお寛ぎ下さいませ」 喜緑さんはホットコーヒーを並べながら、ほんわかした笑顔で俺に微笑みかけて、 「安心して下さいね。私が彼女を見張っておきます。今の九曜さんなら、私にも抑えられるかと思いますので」 いやぁとても頼りになるんですが、喜緑さんに頼るのも男としてはどうなんでしょうね。それでいいのか俺。 「お気になさらずに」 ニッコリと喜緑さん。 まあ、とにかくだ。俺は長門と無限にらめっこ中の周防九曜に目をやりながら、 「藤原。大体なんでこいつは俺にちょっかいを出して……いや、出してないとも言えるかも知れんが、周防九曜は俺の何が気になるってんだ」 藤原はさもつまらない話をするかのように、 「無意識概念集積体は、人間の内の意識でない領域に惹かれやすい。そしてこの端末は、キミのその領域に潜むものに関心があるみたいだな」 「俺の中に、なにか潜んでるってのか?」 「……ふん」 む。それはアホを見る目だぞ。俺を見てくれるな。 「この端末にからすると、時間の流れが遅いもの……ってところだ」 「……もしかして、時間を操る能力みたいなもんがあるってのか?」 まさかな。自分で言ってても、あまりにもバカげてる話だと思うぜ。 それにそんな能力があるならなぜみんな今まで……。 ――いや、待てよ。ひょっとして今まで、みんなは俺の強大すぎる(多分)力をハルヒみたいに自覚させないようにしてたんじゃないか? ……困ったな。これはありえん話じゃないぞ。元より俺はこのSOS団にどうして所属しているのかが不思議な位に不思議さが皆無だ。だが、やっぱり俺にも何か特殊な要素があったってのか? 「……まさか、本当に俺にそんな力が、」 「それはありません」 一つの声にしか聞こえないほど見事に古泉と喜緑さんの言葉が重なった。爽快な程にキッパリと言ってくれるのでむしろ気持ちが良いね。それに第一、俺はこのポジションが気に入ってる。仮に俺に力があったとしても気付きたくはないし、そんなもんはいらん。 カップを置き終えた喜緑さんはペコリと一礼してテーブルを離れ、その後には、くらりとくるような微芳香と少しの静寂とが残された。するとそこから漏れ出すような声で、 「――――今なら、確認……」 もちろん周防九曜である。こいつは変わらず長門を見つめながら、 「あなたの――時は―――止まっている………」 長門が「ひでぶ」などと言い出さないか不安になったが、長門は眉をピクリとさせただけだった。 周防九曜は微動だにせず、 「――綺麗ね……」 ………………。これは全員分の三点リーダ。もう後は笑うしかない程に意味が不明である。当の長門は、 「………?」 ポカンとしたような無表情を俺に向けてきた。長門よ、笑っとけ。 そうこうしている内に、朝比奈さんが「あの、」と、ビクビクしながら藤原をちらちら伺い「ハカセ君……じゃなくって、時間平面理論の少年が……橘さんの組織の車に撥ねられそうになったのは、そちらの未来の規定事項だったんですか……?」 ――そういえばそうだった。モスグリーンのワンボックスカー。ハカセ君は俺があのときとっさに行動しなけりゃ、危うく死んじまうところだったんだ。こればっかりはごめんねじゃ済まされん。この罪は重いぞ。俺だって死にかけてる。 俺は明らかな非難の目を轟々と藤原に向けていたが、「……その、」と、いつの間にやら泣き止んでいた橘京子が心苦しそうに、 「あれは……あたしの組織の中で、未来人を毛嫌いしている派閥が起こしたことなのです。あの少年がいなかったら、未来人は過去に来れないって話を藤原さんから聞いていたから。……正直、現代を生きるあたしたちにとって未来からの干渉は脅威でしかありません。でも、だからってあの子をどうにかしようなんて……」 またもや泣き顔になっていく。こいつは悪くなさそうなので気遣ってやろうと思ったが、 「あんたが気にすることはない」 意外な人物が慰めるような言葉をかけた。そいつは続けざまに、 「キミたちはよくやってくれたよ。僕たちは、それを起こすために少年の情報を渡したんだ。あれは朝比奈みくる側に少年を助けさせるための規定事項でね。あの殺人未遂は、他の未来人から少年を守るために必要だった」 わけの分からない理屈を言い出した。俺はしかめっ面で、 「何言ってんだ。守るってんなら、なんでわざわざ他のヤツに襲わせたりしやがる。それに、そうなるように仕向けておきながら、実はこっちに助けさせるのが目的だったってのはどういった了見だ。他力本願な愉快犯のマッチポンプだってんなら話は別だがな」 若干語気を荒げながらの話を藤原は黙って聞いていたが、話が終わると頬杖をついたまま、 「はん。じゃあキミは、見ず知らずの人間から突然『あんたは狙われているから気をつけろ』なんて言われて、そいつの言葉を本気にするのか? 僕なら、逆にそいつが不審人物に思えてしょうがないね」 俺に向けて手をヒラリと返すと、 「わかるか? 少年にちゃんと周囲を警戒させるのには相応の状況が必要だったんだ。しかも、これは朝比奈みくるの上層部と示し合わせて実行したことだ。文句なら、そちらの未来人に言ってくれ」 「……上の人が、そんな…………」 驚き入って茫然とする朝比奈さん。それは俺も同じだったが、「そうだとしても」と糾問を止めず、 「もしあそこでハカセ君が死んじまってたら、お前らも朝比奈さんも困るどころの騒ぎじゃなかったはずだ。車の運転にも、俺が助けることにも万が一ってのがあるだろう」 そうだ。未来ってのが固定されていないなら、ハカセ君と俺が死んじまう事態だって起こり得たはずだ。それなのに、大人の朝比奈さんは藤原たちと結託して、それを俺たちにやらせたってのか……? ……俺の中に抱きたくもない感情が発生していると、藤原は「そんなヘマはしない」と言いながら、どこか思いつめたように、 「未来の規定事項は、過去の膨大な記述統計学に基づく多変量解析によって実行されているんだ。そして、それによって僕の予定表も作られている。他の未来人の邪魔が入ることはあっても、それによって導き出された答えが間違うなんて考えられない。しかし……」 「しかし、なんだ?」 と俺が求めると、藤原は俺を睥睨しながら、 「キミを周防九曜から助け出さなければならないというのは、僕の予定表には入っていなかった。それは、僕たちの分析に誤りが生じた可能性があるということだ。そうなれば、それによって導き出されていた……佐々木を過去に連れて行き、現在を変えるという目的が達成されなくなってしまう恐れがある。だから僕たちは、例え重大なルール違反を犯すことになろうとも、より確実な方法で目的を達成せざるを得なくなった。涼宮ハルヒの能力によって世界を修正し、そして能力を消してしまえば、僕らは正しい世界で過去に行くことが出来るようになるんでね」 「……つまり、それが前回の事件を起こしたきっかけというわけですね」 藤原の話を聞いていた古泉が納得したように言い放ち、そして納得がいかないといった感じで、 「ですが、あなた方が当初予定していた佐々木さんを過去に連れて行くといった行動も、そもそもが重大なルール違反だったのではないですか? 佐々木さんを通して過去に干渉するにしても、今の佐々木さんを過去に連れて行くこと自体が間接的とは言えないでしょう」 「違反には変わりない。が、それは許容範囲内だ。むしろ結果を考えれば、最初からやっておくべきだった」 そうやって俺に顔を向け、 「……佐々木とキミは、将来もっと親密な関係になる予定なんだ。が、その未来を脅かす存在が発生した。当然、それは涼宮ハルヒ以外にいやしない。本来キミと涼宮は、歴史上では単なるクラスメイトの関係以上にはなり得ないんだ。……しかしキミは涼宮に接触し、しかも時間が進むにつれ、キミたちの距離はどんどん近くなっていっている。それによって、将来の佐々木とキミの関係が失われる可能性が強く示唆されていたんだ。そしてここで、組織から一つの対策が生まれた」 それは何か、と前置きし、 「過去のキミと佐々木との関係性を強めて、未来の二人の関係を守ろうという計画だ。そうすれば、その歴史の過程には涼宮ハルヒが時空の断裂を生み出す瞬間は生じない。つまり、二人の間に涼宮ハルヒが入り込まないように対処すれば、時空の断裂は生まれないということだよ」 「ちょっと待て。俺と佐々木がある程度話すようになったのは中三の頃だ。ハルヒの能力が発現したのはあいつが中一のときだったんだろ? 俺と佐々木の関係が始まる前からハルヒの能力は発現してるじゃないか。それは辻褄があってないんじゃないのか?」 俺が言うと、藤原は微量の困惑を顔に浮かべ、 「……キミの言う通り、キミと涼宮ハルヒが出会ったのは能力発現の後という問題が出てくる。しかし、問題といえるのはいつだって涼宮ハルヒの存在だろう。あの女は時間の歪みの原因……説明としてはそれで十分だ。キミと涼宮ハルヒの関係が時空間に影響を及ぼしたのは間違いない」 まったくわからんが、こいつも正直良くわかってないようだ。まあ……ハルヒはいつもややこしい事態を起こすってことか。 「だが」と俺は、「なんで佐々木を過去に連れて行く必要があるんだ。普通の未来人の間接的な干渉方法じゃダメな理由でもあるのか?」 これを聞いた藤原はジト目で俺を見ながら、 「……キミたちは未来の自分という特殊な存在から話を聞かなければ、自分の気持ちを認めるどころか、気付こうとすらしない。これは確かな分析によって裏付けされた結果だ。……その分析の信用も落ちてしまったが、現にキミは今でも認めていないというのがその証拠だ。そして過去の修正へと踏み切った僕たちは、この喫茶店でキミと会合した後で佐々木に話を持ちかけた。過去の自分に会って、今の自分の気持ちを教えて見ないかとね。その話をしたときも嘘はついちゃいない。ただ、世界が変わることについて否定も肯定もしなかっただけだ」 「道理でだ。あいつが今を変えちまうことをハナっから聞いていたら、絶対に話に乗らなかっただろうからな」 「しかし、彼女はそれを望んだじゃないか。その意味が分かるか? キミへの想いに気付かなかったのを佐々木は後悔してたのさ。そして、キミが今も佐々木に対しての昔の自分の想いに気付かないのは何故だか教えてやる」 む、と俺は押し黙り、 「キミの中の佐々木がいた場所に、現在は涼宮ハルヒがいるからだ。上書きというのは厄介でね、忘却よりも強力に情報を消し去ってしまう。キミが今涼宮に感じている想いは、以前の佐々木に対する想いと同じなんだ」 何言ってんだこいつは。俺は中学の頃、ひょっとして佐々木の目の前に猫じゃらしを垂らしたら飛びつくんじゃねえかとか思わなかったし、実際にやってみたとしてハルヒのように握りつぶしてくるとも思えん。 俺が悩ましい顔をつくっていると、 「まあ、実際は涼宮ハルヒの数値が拡大しているだけで、佐々木の数値が消えたわけじゃない。だから、キミもいつか気付くだろう。それに佐々木が過去の自分に会おうと思ったのも、涼宮がキミの隣にいたせいだ。いや、これはおかげというべきか。僕にとっても佐々木にとっても良い……」 コホン。藤原の話が終わる前に佐々木は大きな咳払いをし、 「……その、なんというか……論議を交わすのは素晴らしいと思うのだが、少々周りを見てみてはくれないか? こんな場所でその話をされてしまうと……うん。ここには、顔を赤く染めなければならない女の子がいるはずだが」 耳まで真っ赤にしている佐々木が珍しくモジモジとした口調で喋っている。佐々木は藤原を見て、 「それにね、その件については、既にカレとは話がついているんだ。そしてキミにはすまないのだが、僕はもう過去に行こうとは思わない。約束を反故にする形となってしまうが、どうか分かって欲しい」 「ああ、構わない。どのみち、キミが行きたいと願ったところでもう叶えることは出来ない。僕たちの行動は規約違反の罰則によって著しく制限されている」 そう言う藤原を俺はしげしげと見ながら、 「……どうだかな。やろうと思えば強引にでもやっちまうんじゃないか?」 「出来やしない。僕のTPDD……時間平面破壊装置は没収されている。それに、僕たちは罰則をきちんと受ける」 「どうだろうね。またルールを破って周防九曜を操って行動を起こすかもしれん」 「……はっ」とふてくされたように、「未来人の中でも僕たちのような組織は、世界の調律のために存在するんだ。それぞれの未来人が強引に過去へと干渉したら、それこそめちゃくちゃだ。そうならないように、未来人同士で規則が設けられている。そして僕たちは嘘などつく真似もしなければ、本来規則を破る行為など絶対にしない。自らの存在の意義に反するからだ」 「佐々木まで巻き込んで、あんな事件を起こしときながらよく言えるもんだ」 藤原は「ぐ」っと言葉をなくし、バツの悪そうに、 「……あの僕の任務はルール違反だったが、何故朝比奈みくる側がキミたちを送り込んできて僕の邪魔をしてきたのか未だに理解できない。彼女たちにとっても、過去に行く方法はあれしかなかったはずなんだ。それに、キミたちだって涼宮の能力が消えたところで困りはしないだろう」 ……確かに、あのときは朝比奈さん(大)には何も聞かされず藤原がいた場所に向かわされたな。それに、俺たちにとって大事なのはキングではなくクイーン……ハルヒの能力じゃなくて、ハルヒ自身なんだし。 が、それがもし消えちまってたら、朝比奈さんは未来に帰っちまうのか? それに、古泉の機関はどうなるんだろうか。ああ、長門は多分残るだろうね。情報統合思念体のそもそもの目的はハルヒの観察だ。だから事件の際、思念体は協力してくれたんだろう。ハルヒに余計な刺激を与えないように。 「それに、」と藤原は悩ましげに「朝比奈みくる側は当初、僕たちが現代を変える計画にも難色を示していた。意味が解らない。あれは正しい歴史を迎える為の数値に調整する計画だ。現在のバカげた世界を正しくした上で、僕たち未来人は凌ぎを削れば良い。それにこのままでは、近いうちに全ての未来にとって危険な分岐点を迎えてしまう。『彼女』は規則が設けられている意味も知らず、ただ規則に盲従するだけの木偶じゃないと思っていたが、違ったようだな」 なんとなく大人の朝比奈さんへの評価は良いらしい。が、 「そりゃ、それでも朝比奈さん側は過去を変える行為に抵抗があったんだろうし、朝比奈さんの行動は今のハルヒに関した規定事項とやらが大半だ。それに、俺たちは今を大切にして、その大きな分岐点とやらに正々堂々と立ち向かってやる。そのためにはSOS団が必要だし、過去を変えて現在を修正するっていう反則はやりたくなかったんだと思うぜ。ハル……SOS団が大事だってのは、団員にとっても同じだ」 俺の古典的な決意表明に藤原は「くだらない」と言いやがり、 「キミたちにとってその組織は大事なのかも知れないが、朝比奈みくるにとっては違う。情報統合思念体とやらの目的は能力が発現した場合の涼宮の観察で、そこの超能力者の目的は彼女の保護だろう。彼らにはキミたちのお遊びが多少は有益かもしれないが、僕たち未来人にとっては茶番でしかない。朝比奈みくるの目的は何だったか覚えているか?」 「そりゃハルヒの…………」 と、俺は口を開けたまま停止してしまい、藤原は朝比奈さんに向かって、 「朝比奈みくる。きみはよもや、手段と目的を間違えていやしないか? キミがSOS団とかいうグループに入っているのはキミが未来人だったからで、それだけでしかない。それとも、キミが彼と仲良くしているのは、彼を過去に連れて行き過去の数値を調整するためなのか? だが、それももう叶わなくなっているはずだ。彼はSOS団とやらに相当浸ってしまっている。例えそれが変容した世界でも、彼は本当の世界よりこちらを選ぶだろう」 ――これには絶句せざるを得なかった。俺はかなりのマヌケ顔で凍っていただろう。 前に古泉も言っていた。朝比奈さんは俺を篭絡させることが目的だと。 それは、俺を過去に連れて行くための……本当の話だったってのか? だが、今は……、 「違います!」 朝比奈さんが渾身の否定句を飛ばし、 「……あたしたちの未来を導くには、現在、SOS団の皆の協力が必要なんです。それに……」 世の男共を瞬間ノックアウトさせるような悲しそうに潤んだ瞳を俺に向け、 「あたしが……あたしとして持っている気持ちとしても、みんなはとっても大事な人たちです」 「朝比奈みくる」 と、藤原は朝比奈さんの宣言に感動を起こす暇も与えずに、 「僕たちがここにいる理由は時空の歪みの元である涼宮の調査だ。そして、それは過去に行く為の手段を模索するためで、過去に行くことこそが目的だ。そして、既に結果は出たじゃないか。たとえ過去を修正して情報統合思念体の端末がそれを妨害しようとしてきたところで、こちらの端末でそれを鎮圧すればいい。つまり、あんたたちが僕を妨害する意味などなかった。むしろ逆効果だ。そのせいで、涼宮ハルヒの能力を消して過去へ行く方法と、佐々木を過去に連れて行き現在を修正する方法も今では不可能になってしまった。ふん、攻めはしないさ。形式的には僕の行動の方が間違っている。……しかし、結果はその限りじゃなかったとだけ言っておこう」 少し落胆したように話す藤原に、 「……一つよろしいでしょうか?」 と古泉が話しかけた。古泉は藤原の返事も待たずに、 「もしその歴史が修正されてしまえば、現在の佐々木さんは存在しないはずです。これはタイムマシンのパラドックスと同じで、居ないはずの佐々木さんをどうして過去に連れて行けるというのでしょうか」 疑問の質問に応じようとする藤原からは哀愁の色が消え、またさっきまでの横柄な態度を取りながら、 「佐々木を過去に連れて行くのは可能だ。この時代の人間に分かりやすく説明するなら、そうだな……テレビゲームというやつが捉えやすい。個別にセーブされたデータは、以前のデータが変わってしまったからといって後のデータに影響を及ぼしたりはしない。すべてそのデータ内で行われることだ。これが時間平面理論の基礎だというのは理解できるな。そして僕たち未来人は、いわばゲームのクリアデータってところだ。そのデータで過去の物語に入り込むから、僕たちはキミたちの知らない情報、アイテムを現代に持ち込むことが出来るというわけだよ」 「待てよ。おかしいじゃないか。だったら、過去を変えたって未来にはなんの影響もないって話になる。お前の行動の理由にはならないはずだぜ」 藤原はやれやれといった感じで、 「言っておくが、未来はまだ確定しているわけじゃない。だからこそ多様な未来人が存在し得るんだ。これはつまり、逆に未来が確定した瞬間が未来人の最期だということになる。【選択された未来の歴史によって他の未来の歴史は上書きされてしまうために、選択されなかった未来は消えるんだ。】このように、分岐点での選択によって未来の決定は成されている。だから僕たちのような未来人は、選択肢を自分の存在する未来に繋げるために動いているってわけだ」 「ほう。それはつまり、『平行世界は存在しない』ということを示しているのでしょうか? そして、過去と未来は関連しているが、時間平面は独立しているために未来は過去に干渉し合えるというという」 「概ねその通りだ」 藤原は何かを理解し始めた古泉に、 「時間平面破壊装置はこの理論に基いている。これはあの少年が構築した理論だが、実際は元々世界に存在していた法則を発見しただけに過ぎない。つまり、人間によって創造されたものなどは存在せず、僕たちの世界には最初から全てが存在しているということだ。……だから涼宮ハルヒの創造能力は、不明なものを明らかにするだけの能力と考えられていた」 「うん? 過去形になってるようだが、それは間違いだったってのか?」 俺の質問に、藤原は悩ましげな顔と低調な声で 「……ああ。大間違いだ。時間平面が独立しているという考えは本来矛盾しているんだよ」 「そんな、時間平面の理論体系は完全に成立しているはずです。その理論が正しいから、時間平面破壊装置が機能しているんじゃ……」 「なっ……」 藤原は朝比奈さんから豆鉄砲を食らったように目を丸くし、その数瞬後にはまくしたてるように、 「はっ。これは驚きだ。信じられないな。成立してしまっているから全ての矛盾が発生しているんじゃないか。それすら知らされてなかったとは、キミはまさに人形だ。そうだな、キミにはお茶運びのからくり人形が適任だ。せいぜい涼宮ハルヒに遊ばれているがいい。ふん、ちっとも笑えやしない」 ……本気でぶん殴ろうかと思った。こいつはインターフェイスを人形と呼ばなくなったと思いきや、朝比奈さんに対しては極めて明確な嫌悪の情をぶつけてきやがる。俺は「ひう」とたじろいだ朝比奈さんの代わりに、 「意味がわかりかねるな。時間平面理論ってのは物理法則なんだろ? それに矛盾があるなら、この世界は崩壊しちまうんじゃないか?」 藤原は眉をしかめて、 「むしろ世界を崩壊させないために矛盾が発生している。本来この三次元の世界は、箱の中に満たされた『光』みたいなものであるべきなんだ。そして、僕らの物質的なTPDDはその時間の性質を応用して機能している。元になる理論体系は、この世界を『面』の集合で捉えた時間平面理論とは違い、『点』の集合で捉えた理論だ。そして、『点』の理論を元にしたTPDDが機能しなくなったのは『点』の理論が崩壊しているからだというのが判明した。世界人仮説という、一つの理論によってね」 「……世界人仮説?」 「世界を『人間』に見立てて考えた理論だ。つまり、『人間』は色んな形から形成され、時の流れによって存在する。人は生まれてから一本の道を歩み、そして体と情報は伝えられていく。人生とは時の流れの連続であり、生まれてから死ぬまでの一本の線なんだ。……そして、この世界人仮説を唱えた者によって、新たな次元の存在が展開されている」 「新しい次元?」と俺。 「それは他人という『異次元』だ。世界人仮説では、進化には『他人』と関連しあうことが必要であり、存在同士が対になることによって進化という現象が促されると考えられている。物質と物質、人と人が惹かれあうのは当然で、他人と関わる行為こそが『進化』するためには必要。世界は、そうやって作られているんだとね」 ……ん? それって、情報統合思念体にとっての自立進化がどうのとかのヒントなんじゃないか? 「……長門。お前、藤原の話聞いてどう思う?」 長門は俺をゆるりと見やると、 「意味が解らない」 本当に解ってなさそうだったので、 「理論的なもんはお前の専門じゃないか。藤原の話が間違ってるのか?」 長門はふるふるとショートヘアを揺らし、 「そうではない。彼の理論は人の言葉によって作られている。つまり、理論形成がとても人間的。彼の主張が正しいのかどうかすら思念体には理解出来ないということ」 「く」 藤原は長門の言葉を聞いて息が詰まったような笑い声を出し、 「――はっ。人間的か。……くくっ、確かにその通りだ。ふくっ、この世界人仮説を作ったヤツはある意味でひどく人間的だ。はっは、それが理論にも漏れ出し……くっ、あんまり笑わせてくれるな……。それに長門、あんたはそうやって静かにしているほうが似合っている。ははっ、不気味でもあるが……くくく」 笑い過多な台詞を吐くな。それに馴れ馴れしい。しかも、笑っている理由がまったく不明である。 「それに、まさかあんたも人型端末だったとは驚きだ。『アレ』は今も大事にしているのか? 僕がちょっと触っただけで……と、これは禁則だ」 もしかしたらセクハラの内容かもしれない話をしている藤原に、 「…………?」 長門は、サイズ的には特大の称号を与えられるクエスチョンマークを頭上に浮かべている。 そんなやり取りをしている間、ずっと思案顔を浮かべていた古泉が、 「世界人仮説によって、どのような時間平面理論の矛盾が指摘されるのですか?」 「現在の次元の構成が変わってしまっているということ、それにより世界の法則が変容してしまっているということだ。現在の次元の姿がどういったものなのか……説明が面倒だな。仕方ない。九曜、キミの手を貸りるとしよう」 藤原が「頼む」と周防九曜に声を掛けると、周防九曜の眠たそうな瞳には生気が灯され、 「―――指定空間座標認識。極局地的光学式理論形態模型、展開――」 第三章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1595.html
ハルヒ「ねー良いこと聞きたくない?」 なんだ突然、酒の邪魔すんな。どうせいいことって言ってもすずめの涙程度の金が入ったってだけだろうが! ハルヒ「ひ!・・その・・・・ごめんなさい」 わかったらさっさと酒の追加もってこいよ!! ハルヒ「せっかく・・・うぐっ・・・・赤ちゃんが・・・」 キョン「なに??赤ん坊だと!!誰の子だ!だから避妊しろって言ったのによ!!これの何がいい知らせだ!!」 ドゴッ・・・・グガッ ハルヒ「やめてっうっ・えっ・・いたっ・・・痛い、この子だけは・・・あなたの子よ」 キョン「!!!!!!!!てめえ!!そりゃ本当だな!!」 ハルヒ「本当・・・・・本当だから」 キョン「胸糞悪い!・・・・・出てく!」 ったくよ。こんなときは朝比奈のところにでも行くか ガチャ・・・バタン ハルヒ「やっとの・・・・・・子供なのに・・うぐっ・・・えぐっ」 プルルルルルル ガチャ ハルヒ「・・・・もしもし?」 S「ドウモコンニチハ、アナタハ仏壇カイマセンカ?」 ハルヒ「・・・・・・・いいえ」ガチャ みくる「あれ?きてくれたのね」 キョン「邪魔するぞ」 みくる「ふふ、いつも通り冷たいわね」 キョン「ここ座るぞ」 みくる「今日は泊まってくんでしょ?」 キョン「酒」 みくる「え?」 キョン「酒出せ!」 みくる「ふぇ!は、はい」 キョン「まったく安物じゃねえか、こんなので酔えるかよ!!」 みくる「そんなこと言われてもね!こっちだって用意できるわけないでしょ!」 キョン「うっせえ!もういいよ!」 ガチャバタン!! キョン「まったくどいつもこいつも」しかたない居酒屋に行くか、俺は久理ぶりに驚いたな。 居酒屋行く道の途中に長門がいたんだからな。 キョン「よう久しぶりだな、今何してるんだ?」 長門「!・・・・・・久しぶり」 長門は驚いて俺を見つめていた。まあ俺も変わったからな10円はげもあるしひげも剃ってない、だがそれがどうかしたか?? 長門「人は変わる物、それはしかたない」 よく言うぜ、お前はまったく変わってねえじゃねえか。まあこいつは人間じゃなくて・・・・・あのー人間じゃない何かだったはずだ 長門「今は普通の人間」 キョン「お前の親玉はどうした?」 長門「涼宮ハルヒがあなたと結婚した直後に私の力がなくなった、思念体も消えた」 キョン「どうだっていいよ」 長門「あなたに来て欲しい」 キョン「なんのために??」 長門「お酒ならある」 キョン「う・・・・・・わかった、行くよ」 来なかったら殺す、見たいな顔をしてたからな。 前と同じとこ住んでんのか、中も変わってないか、やれやれ そういや仕事とか何してるんだ? 長門「アパレル」 (中略) キョン「今まですまなかったな、今度古泉の所に行って仕事のあてがないか探してくるよ。 なくてもバイトがある。二人でこの子を幸せにしような」 ハルヒ「もちろんよ!」 このときのハルヒの笑顔は太陽のように輝いていたそうです 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5254.html
「あ、キョンくん」 喜緑さん疑惑のある議事録のページをコピーしに走り、会長のところに議事録を返却しに戻り、そこで会長に俺が適当な理由を吐くまで拘束され続け、その足で部室に赴いてもう一度パソコンを起動させてみた。パスワードとあるからにはどこかにロックがかかっているのではと思ったのだが、あいにくどこも普通にデスクトップを表示するだけだった。そんなこんなしているうちに昼休みは終了してしまい、校外に逃亡しようという行為を教師に目撃されないように前後左右を確認の後抜き足差し足で、などとやっていたら脱出がかなり遅くなってしまった。 もちろん靴箱も探してみたが残念なことにラブレターはおろか手紙の類は一切入っていなかった。しかしそれも俺の右手に握られているものを思えばそれほどショックなことでもない。 俺がダッシュで校門を突破すると、朝比奈さんが急斜面の脇に生い茂る木々の隙間からひょっこりと姿を現した。 「もう、ずっと待ってたんですよー。学校の生徒さんたちに見つからないよう苦労しました」 「それは申し訳なかったです」 まるでデート的な状況ではないかと一瞬だけ思ったがすぐに萎えた。不謹慎だからとかいう以前の問題である。 俺は朝比奈さんを促して歩き出しながら話題を捻出し、 「それにしても朝比奈さんはよく誰にも咎められずに外に出てくることができましたね。仮病……演技はちょっと苦手そうに見えますけど」 「鶴屋さんに助けてもらったの」 朝比奈さんはよたよたと坂を下りながら答えた。 「あたし、演技なんて何もできないから。それでも風邪を引いたフリをしていたら、鶴屋さんが保健室に連れていってくれたんです。いえ、本当は保健室じゃなくて靴箱のところでした。何か言えない用があって帰らないといけなくなったんじゃないのって言われました」 感心を越えて笑いたくなってきた。 鶴屋さんはどこまでもできた人だ。むやみに完璧などという言葉を使いたくはないが、彼女ならあるいはと思いたくもなる。もしかするとこちらの思惑を完全に把握しているのかもしれん。だとしたら釈迦かキリストの生まれ変わりだ。パラメータ的に言うならば俺よりも一般人じゃないね。 「でも、鶴屋さんも知らないみたいです……」 朝比奈さんが憂鬱そうにうつむいたまま呟いた。 「知らないって、長門のことですか?」 「うん。訊いてみたんです。長門さんを知ってますか、って。でもダメでした」 朝比奈さんがいつになくふさぎ込んでいるのもよく解る。未来人なのに未来と関係が持てなくなったという根本的などんでん返しを食らった上に親友の鶴屋さんまでもがおかしなことになっているらしいからな。 「そんなに落ち込まないで下さいよ。大丈夫です、今までもそうだったんだから今回もきっとなんとかなりますって」 と、何の保証もない言葉を吐いてみて朝比奈さんを上の立場から慰めている自分に気づいた。 まあ、主観的にも客観的にもこんな事態は二度目であるし、慣れという恐ろしい不可抗力が働いているのだろう。それは俺の横でひたすら歩を刻んでいる朝比奈さんを見れば解る。冬の俺はこんな感じだったんだろうよ。 しかし、それだけではない確かな手応えを俺は持っていた。 喜緑さんのヒントメッセージらしきものを見つけたということだけではなくて、SOS団に味方してくれる人材についてである。ここに長門はいないらしいが、ハルヒはしっかりと俺の後ろに座っているしたぶん古泉もいる。朝比奈さんがいてこのメッセージを持っているのだとしたら、マイナス思考とかプラス思考とかを意識しなくてもそんなに落ち込む必要などないのではないかと思えてくる。 そしてまた、俺が一番に怖れているのはそのことでもある。ようするに俺はちょっとSOS団の戦力が増えたからといって調子に乗っているだけなのではないかということだ。世間は広いってことは春の一件で思い知らされたからな。やはり気を引き締める必要もあるのだろう。難しいものだが。 俺は顔を上げた。朝比奈さんは気にしていない様子だったが、いつの間にか俺と朝比奈さんの間には無言の空間が停滞していたらしかった。 * 向かったのは長門のマンションである。他に行くところなど一つも思いつかなかった。古泉に電話をかけ、朝比奈さん(大)からのメッセージがないことを確認し、生徒会室で喜緑さんのメッセージを見つけた。朝比奈さんにもそのことは話したが、全然解らないということらしい。できることならもう少し情報が欲しいところではある。 川沿いの桜並木、このまま進めば高級分譲マンションに突き当たる道を俺と朝比奈さんは進んでいた。 「何もねえか」 名探偵よろしく周囲に目を配りまくって歩いていたが、何も見つかる気配がない。あるのはサラサラなどと小気味いい音をして流れやがる川と、太陽を反射してキラキラ光る新緑の葉っぱだけ。まったく癪に障る。 川沿いの桜並木、思い出のベンチがあったりしていわくつきの場所であるし、朝比奈さん(大)が出てきたり変なものが落ちていたりするかと思ったのだが。 「どうかしたんですか?」 コマドリのようにちょこちょこと俺の後をついてくる朝比奈さんが言う。 「ここなら何か出てくるかもしれないと思っていたんです。未来からの指令とかでもよくこことか公園に来てますからね。春にも二月にも。だからひょっとしたらと思いまして」 朝比奈さんは短い吐息を漏らし、感慨深げに辺りを見回した。それから懐かしそうな目をして思い出のベンチに歩み寄り、ちょこんと腰を降ろす。 「そうですねえ。言われてみると、男の子を助けたときや亀さんを川に投げ込んだときも、最初にあたしがキョンくんにあたしのことをお話ししたのもこのベンチでしたねえ」 どれも忘れようにも忘れられそうにないSOS団的メモライズばかりだ。未来関連の話が多いような気もするが、これは仕様なんだろう。 「ところで朝比奈さん、あれから未来に連絡は取れましたかね」 「ううん」 朝比奈さんは悲しげに首を振って、 「全然ダメなの。時間平面のねじれはどんどんひどくなっていく一方で、あたしの力じゃこの先は見渡せないくらい。どのくらい分岐が増殖しているのかも解りません」 「どの分岐に入ったとかも解らないんですか?」 「……ごめんなさい」 「いえ、謝らなくてもいいんですよ」 これは俺の予想だが、今はどこかの分岐を通った状態にあるのではないかと思う。俺の鞄にねじ込まれている喜緑さんのメッセージを手に入れたのはかなり大きいはずだ。バッドエンドの分岐をとっとと切り抜けてくれるといいのだが。 * 長門のマンションには程なく到着した。道に地雷等が仕掛けられたりしていなかった代わりにヒントになるようなものもまったく落ちておらず、気がついたらマンションが目の前にあったという感じだった。 この高級マンションの長門の部屋になら何度となくお邪魔した経験があるため俺一人や朝比奈さんを連れていたとしてもすぐに行ける自信がある。しかしこのマンション、高級な故に玄関に鍵がかかっていやがり、一般人は部屋の前に行くことすら不可能な設定になっていた。かつてハルヒが朝倉の転校調査に乗り出したときのような犯罪すれすれの技をもってすれば侵入可能なのかもしれないが、俺は一般常識を一般人並に身につけているし何となく中に入りたい気分ではなかったのでやめておいた。あそこに違う家族が楽しそうに住んでいたりするのは見たくない。 玄関口にインターホンがついていたので、それで長門の708号室を呼び出してみた。 長門が出てこようなどとは思っていなかったが、やはり誰も出てこなかった。繋がりもしない。ノイズもなし。 「ダメか」 ついでに朝倉の部屋も押してみたがこちらも繋がらなかった。いてくれても困るが。 「ないとは思いますが外出中か、あるいは最初っからいないかですね」 「そうですか……」 さて学校をフケたはいいがもう行くところがなくなってしまったなとか考えていると、今までもじもじしていた朝比奈さんが意を決したかのように顔を上げた。 「あのっ、キョンくん」 朝比奈さんは真摯な瞳をしていた。 「あたし、今度こそ役に立ちたいんです。頑張って長門さんを見つけましょう。あたしとキョンくん、それに涼宮さんと古泉くんもいるかもしれません。……本当はずっと長門さんに頼りっぱなしで心苦しかったんです。一人だけ上級生なのにちっとも上級生らしい振る舞いができなくて、逆にみんなに助けられてばっかりで」 そんなことはない。 何度も言うようですが、朝比奈さんがいなかったらSOS団は成り立たないんですよ。いなかったら俺のストレスは溜まり放題でハルヒとしょっちゅうケンカして、そうしたら古泉のバイトも増えていたことでしょう。毎日が平和なのはいわば朝比奈さんのおかげなんです。 しかし朝比奈さんは哀愁を漂わせて弱く微笑むだけだった。 「キョンくんがいつもそう言ってあたしを励ましてくれるのはうれしいです。それだけでも頑張ろうって気になれます。でもね、あたしの役割はそれだけじゃないんです。涼宮さんが言うような、そのぅ……」 朝比奈さんはそこだけどもって少し赤くなりながら、 「マスコットみたいな人ならあたしじゃなくてもいると思うんです。だから、あたしがSOS団にいるには未来人って肩書きがないとダメなの。それなのに最初から今日までいざというときは長門さんやキョンくんや古泉くんに助けられてばかり。あたしが未来人として行動できたときなんてほとんどありません」 「それは仕方ないことなんですよ、朝比奈さん」 未来人として動こうにも、未来から何も教えられていないのだからそんなのは絶対に無理なのだ。それに、何も知らされていないのは決して朝比奈さんに実力がないからとかいう理由ではない、と俺は思っている。実際、彼女はもう何年かすると立場的にもグラマー度的にも大幅にプラス補正が施されることになるのだ。そりゃあ未来人なのに気の毒だと思ったことは数知れないが、それは知らされていないのだから仕方がないことなのだ。人間、自分の知らないことを知るには何かの情報に頼るほかないのだから。 「それに、朝比奈さんは自由に行動したくてもできないようにされているんでしょう。未来にそういうふうに干渉されてるんじゃないんですか?」 「だからなんです」 朝比奈さんは必死な声を出した。 「あたしは今まで未来から禁則という形で縛りが入れられていたから自分の思うように行動できませんでした。だからみんなに助けてもらわないといけないのも仕方ないと自分で慰めていたんですけど、それじゃどうしてもあたしがみんなに後ろめたいです」 さすがに俺も朝比奈さんの真剣な声に黙り込んだ。朝比奈さんの言葉を待つ。 「でも、今は違います。未来と接続を絶たれた今のあたしは、未来とは独立した存在なんです。禁則も解除されました。だから今度こそ、あたしは未来に影響されることなく自分の信じるように行動したいんです。みんなの力になりたい」 そのセリフは以前に誰かから聞かされたな。自分の能力を封印することで未来に束縛されることなく行動できるようになった、とか。未来なんてのは知らない方がいい。何かが起こった度に一喜一憂すればいいのだ。そんな感じの意味を持ったセリフをな。 背負うモノなんてないほうがいいに決まっている。事実、未来予知や超能力を使えない代わりにリスクや得失を考慮しなくてもいい俺はずいぶんと自由に行動できているのだ。 いつだかの俺は超能力者や宇宙人を万能の神だとか信仰していたように思うが、今ならそんな考えは一蹴できるね。万能の神には神なりの悩みがあるし、それは俺の悩みよりもはるかに重たいのだ。何の能力もないほどラクチンなことはない。 * 俺の鞄に入れてあった携帯電話が騒ぎ出したのは、過去に何事か事件のあった場所をすべて周り尽くすくらいしたときだった。川沿いの桜並木、近くの公園、ルソーの散歩道。 時間つぶしと大して変わらないのは重々承知である。しかし、もし何か可能性があるのなら行くしかない。とはいっても結局見つかったのは生徒会室のメッセージだけだったのだが。 『こらあっ、キョン!』 古泉かと思ったが違い、電話の主は俺に近所迷惑の大声で怒鳴りつけてきた。 『あんた今どこで何やってんの! 素直に言ったら極刑だけはやめにしてあげるから早く答えなさい』 「あー、まあとりあえず落ち着け」 落ち着くわけがない。電話線の向こうでハルヒはますますいきり立ち、携帯電話を思わず手放したくなるような音量になった。 『あんただけならいいわよ。いいえ、よくないけど、それにしたって何でみくるちゃんも古泉くんもいないのよ! ストライキなら諦めなさいよ。あたしはこれよりも譲歩するつもりはないから』 「ストライキなんかじゃねえよ。お前にそんなもんを仕掛けるような命知らずはいないぜ。そうじゃなくて、古泉はカゼで本当に休みなんだ。朝比奈さんは用事ができて今日は早退してるらしい」 ハルヒの直感力に勝とうとは思わん。俺はできるだけ事実に近いことを話した。 『古泉くんがカゼでみくるちゃんが用事ねえ。都合がよくて疑わしいわね』 「本当なんだよ」 『まあいいわ。で、あんたは何なのよ。午後の授業サボるなんて意外と度胸があるのね』 度胸も何も、俺が無許可で学校を飛び出したのは後にも先にも二回っきりだ。よほどの理由がなけりゃ、そんな教師の反感を真っ向から食らうようなマネはしないぜ。 『だから、その理由ってのは何なのって訊いてるの。よほどのことがあったんでしょ? 長門なんとかって娘のこと?』 「ああいや……うん、そんな感じだな。えーとだな、今日の昼休みに電話がかかってきやがったんだよ。急に引っ越すって。だから最後に一目会いたいって言うんだが時間がないらしくてな、仕方なく俺が学校を抜け出してきたんだ」 我ながら苦しい嘘である。 というか、嘘のレベル以前にこういう話はハルヒ相手には禁物なのだ。どう禁物かというと、それは俺の口からはいろいろ葛藤の末言い難いことであるし俺自身よく解らないしハルヒもよく解っていないのだろう。結果論ならば古泉のバイトが増えるってことだな。 『ふうん』 ハルヒは半分疑っているような口調で、 『別にいいわよ。あたしは団員の諸事情には口をつっこんだりしないから。ちゃんとした理由があるなら部活を休むのも許してあげるわ』 「悪かったな、無断欠席して。なんなら今から戻ろうか? もう授業も終わっちまってるだろ」 『今日は休みでいい。どうせみくるちゃんも古泉くんもいないし。ただし埋め合わせはするわよ。今日は休む代わりに明日の土曜日、いつもの駅前に九時集合ね。今度はしっかり来なさいよ。あとこのこと、みくるちゃんと古泉くんにも伝えておきなさい。いいわね?』 「ああ解った解った。そんくらいならやってやるよ」 さて古泉にはどう伝えてやろうかと考えているうちに電話は一方的に切れた。もう帰ると言い残して。 俺も携帯電話をしまうと、マンションの日陰にたたずんでいる朝比奈さんに向き直った。 「明日、市内パトロールだそうですよ。九時に駅前集合です」 「そうですか。なんだかあれをするのも久しぶりですよねえ」 そりゃ、春にはこちとらいろいろあったからな。ようやく元の秩序を取り戻しつつあったわけなのだが。 「しかし、長門のことはきれいさっぱり消し去られてますね」 「はい?」 「電話でハルヒと話してても、やっぱり長門を知らないんです。明日駅前に集合するのは四人だけの予定なんですね。部室もそうです。あいつに関するものが一切なくなってるんですよ」 俺は目の前にそびえ立つマンションをあごでしゃくって、 「ここも空き部屋になってるらしいですし」 「あのう、キョンくん。もしかして部室であたしとか古泉くんの持ち物とかもなくなってたりしませんでしたか?」 「は? いや、ポットも急須も普通にありましたけど。何でまた?」 「ううん。ちょっと心配になったから。もしあたしのがなくなってたらどうしようと思って」 そうなんだよな。 まったく同じなのだ。長門がいないということを除けば、この世界で昨日と矛盾していることなんか一つもない。ハルヒも谷口も国木田も。長門有希という存在だけがなくなって、そこにポッカリと穴が開いているだけなのだ。 そしてその分の埋め合わせはされているらしい。文化祭のギターや映画撮影での朝比奈さんの敵役。長門という女子は最初からいなかったかのように、都合よく連中の記憶が変わっているのだ。 「本当に、何にも証拠がないんですよね」 そして長門が存在したという証拠は何一つとしてない。七夕の短冊にいたってまで、長門の分だけが不気味にも消え失せていた。 まるで存在そのものが抹消されちまったみたいにな。 * ハルヒが下校するときに俺と朝比奈さんが一緒にいるところを目撃されるのはまずそうだったので、適当に話をまとめて頑張りましょうと言ってから、ハルヒがやって来る前に別れて家路についた。 さんざん探し回った結果俺が見つけられたのはよく解らんパスワードが刻まれた生徒会議事録のコピーだけだったが、脈のありそうなところをすべて回ってこれしか出てこなかったのだから仕方ないだろう。証拠は早くも出そろってしまったらしい。後は推理するだけだ。 家に帰るとすでに妹が帰宅しており、俺の足音を聞きつけるなり眠そうにしているシャミセンを抱きかかえてひょっこり現れた。 「あ、キョンくん、おかえりー」 無邪気に笑う小学校六年生に俺はさしたる期待もせず長門のことを訊き、まったく芳しくない答えを投げつけられ、ついでにふと思い出したのでシャミセンが我が家に来た経路を訊いてみた。 「んー、シャミのこと? キョンくんど忘れ?」 さあね。お前の記憶が正しいかどうかテストしてやってるのさ。 「映画撮影でもらってきたんだよな?」 「そうだよ。ウチに来てよかったよね、シャミ」 ふむ。やはりそこらへんは正しいらしいな。長門に関する記憶と事実以外は昨日と同じなのではないだろうか。 「ねー、よかったねえ?」 妹にかかえられた災難猫は、どうでもいいから早く横にさせてくれと言わんばかりの顔で俺に懇願してくる。悪いな、今はお前に構ってらんないんだ。またいつかみたいに喋り出すならともかく、たぶん喋らないだろうことは解っている。まあこいつには映画撮影でも阪中の件でも借りがあるからいつか返さねばならんだろうが、少し待っててくれ。そのうちいらなくなった服をズタボロにさせてやるから。 人間にさえ伝わらないテレパシーが猫相手に通じるはずもなく、うにゃあとマヌケな声を出すシャミセンを後にして俺はさっさと二階に上がった。 * もはややり残したことはない。あらゆる可能性はたった一日で見事に潰れてしまった。俺の働きっぷりと疲労の割にそれがまったく報われないのもムカツクが、今は愚痴をこぼせるような相手すらいない。気が狂っていると誤解されるだけだ。 もしいるとすれば――と俺は携帯電話を手に取る。 あの超能力野郎しか思い浮かばないね。 何となく古泉がこの世界にいることは解っているのだ。ハルヒや九組の連中が古泉のことを知っていたし、ボードゲーム各種はきちんと部室にあって、七夕の『世界平和』『平穏無事』なる今日見たらひどい軽薄さを感じた四字熟語も風に踊っていた。 はたして、電話はスリーコールほどで拍子抜けするほどあっさり繋がってしまった。 『古泉です』 ああ。 何やら嬉しさのような達成感のようなものがこみ上げてきた。悟りの境地に達したのを自覚した瞬間の人間ってのはこんな感じなんだろうか。しかし悟りの境地ってのは何なんだろう。何しろ俺はいまだに悟ったものなどなくただ漫然と毎日を過ごしていたはずで気がついたらこんな事態になってたりして、放っておいても奇妙奇天烈な人生を送っている自分を客観視する自分がどこかにいるような、いやこれが悟りってものなのか。ふむ。 と、まったくどうでもいいことを考えて俺は頭を振った。違う違う。 古泉です。 向こうにいるのは古泉で間違いない。古泉の携帯電話にかけているのだから古泉以外の誰かが古泉の声マネでもして話していない限りこいつは古泉だ。 しかし何て言えばいいのだろう。ぶつけてやるべき質問と苦情が多すぎる。何だこの状況は。長門はどこだ。お前はどこにいる。俺に連絡よこせよ。ふざけんな。 俺がしばし黙していると、向こうから再び声がした。 『ええと、どこから申し上げるべきでしょうか。ああ、僕や「機関」の仲間はあなたと同じ、正常な記憶を持っていますから確認の質問はパスさせて下さい。こちらもあまり時間がありませんから。またそれ故にこちらからあなたに連絡している暇がなかったのですが、とりあえずそれを詫びておきましょうか。申し訳ありません』 「そんなことはどうでもいい。これはいったい何が起こってやがるんだ。なぜ長門がいない? お前はどこにいる。何で昼間かけたときに繋がらなかった?」 『おや、そんなことは解っていると思っていたのですが』 古泉は作り声で意外そうな声を出し、 『閉鎖空間ですよ。それも特大のね。昼間から、正確に言うと昨日の夜あたりからずっと異空間バトルの状態です。今はちょっと外にいますけどね。《神人》がわんさかいて、実に壮大な眺めでしたよ。ぜひあなたにもお見せしたい』 そんな軽口がたたけるようならずいぶんと余裕があったもんだろう。質問の嵐以上に怒りが沸いてきた。 「そんなことより長門はどうなってるんだ。それに喜緑さん。この世界から消えちまってるのか?」 『その通りです』 古泉は単純明快に答えた。相変わらず、丸一日サイキックバトルをしてたとは思えん爽やかな声である。 『実を言うと長門さんや喜緑さんだけではありません。推測するに、昨日から今日にかけて情報統合思念体製のすべてのインターフェースがこの世界から消えているのでしょう。少なくとも、我々「機関」とコンタクトを取っているTFEIはすべていなくなっています。そしてこの巨大な閉鎖空間。とんでもない事態ですね』 誰の仕業だ。やっぱり周防九曜か。 『さあ、そこまではさすがにね。まあ、僕は彼女の一派だと思っていますけど。そうでなかったら長門さんのような方々を一気に消し去ることができる存在は、僕の知る限りでは有り得ませんからね』 俺の知る限りでもそんなやつは九曜ぐらいしか思いつかん。あとハルヒにも可能と言ったら可能な気もするが、あいつは間違ってもそんなことはしない。 「どうすればいい。まさかお前だって長門が消えちまってるこの状態を放置する気はないだろ」 『当然ですよ。僕たちは共同体ですからね。五人で輪になって初めて意味を持つんです。今となっては、誰を引き抜くこともできません』 それは俺も何度となく考えた。ハルヒという巨大恒星を中心として公転する惑星の俺らはハルヒも入れて必ず五人なのだ。土星や火星でもいきなりなくなったら地球内外が大混乱するに相違なく、太陽が消え去った日には俺らはあっという間に全滅である。そんなことはあってはならないんだ。 『ただし』 古泉が真面目な声で付け加えた。 『どうすればいいと訊かれると僕は返答に詰まります。あなたや僕、それに朝比奈さんがこれからどう動けばいいのか、どんな方向を向けばいいのか、はっきり言って僕にはまったく解りません。非常に自己嫌悪に陥りますが、正直、長門さんがいないと僕たちだけではどうしようもないんです。感覚的な問題ではなく、冷酷な事実としてね』 俺が何とも言えないいらだちを覚えて黙っていると、 『おっと。そろそろ時間が厳しくなってきましたね。ごくわずかなハーフタイムももう終了してしまいそうです。それでは、またお会いしましょう』 「待て待て」 まだ肝心なことを言っていない。訊きたいことなら腐るほどあるが今その時間はないらしい。訊きたいことにはしばらく腐ってもらうほかないな。 『何でしょうか?』 「お前、明日は来られそうか? 市内パトロールだってよ。無理なら俺からハルヒに伝えとくが」 こんなときに市内パトロールもへったくれもない。不思議なことなら目の前にあるってんだ。 古泉はしばらく考えている様子で息づかいだけがこちらに伝わってきたが、 『行きますよ。それしかないでしょう』 そう答えた。 『僕の業務は「機関」の一員であってまた、SOS団の副団長ですからね。とにかく涼宮さんが最優先です。《神人》を狩る者はたくさんいますが、市内を涼宮さんと一緒に歩き回れるのは僕だけなんですよ。なんともありがたく、嬉しいことにね』 古泉はいまいち真意がつかみかねることを言ってのけ、今度こそさようなら明日お会いしましょうと言って電話を切った。 「キョンくん電話ー?」 携帯をしまい終えると妹がシャミセンを抱えたままノックなしに俺の部屋に立ち入ってきた。せめてノックだけはしてやってくれよ。俺にだってプライバシーってやつがあるし、そうじゃなくても訊かれちゃまずい会話ってのはあるんだぜ。 俺はしっしと妹を追い払いながら、 「まあな。俺もいろいろと忙しいんだ。お前も友人には気をつけろよ。友人によって一生楽しく過ごせるか一生後悔し続けなければならんか決まっちまうんだからな」 「はあい」 妹は解ったんだか解ってないんだかよく解らん顔になって、シャミセンを俺の部屋に放置すると最近リメイクされたごはんの歌(新バージョン)を口ずさみながら階下へと消えていった。どうせ我が妹はあんなやつだ。ミヨキチのようなできた友人がいてくれれば問題ないだろうが、心配にはなるね。もっとも、今心配すべきことは妹の将来ではないのだが。 「にゃう」 床に放置されたシャミセンが愉快そうな声を立てた。一日でもいいからシャミセンになりたいものだ。自分の部屋で(シャミセンにとっての自分の部屋は俺の部屋である)一日中ごろごろできたらどんなにリラックスできるだろうか。そんなことしても無気力感が増すだけだと解ってはいるがやってみたいと思うのはなぜだろうね。誰か教えてくれ。 「やれやれ」 俺は常套句を吐くと、床に寝転がるシャミセンをなでてから自分のベッドに倒れ伏した。疲れた疲れた。今はもう何も考えたくない。